見出し画像

唐辛子の魅力と料理の科学

 人々を魅了する辛い料理やお菓子。今となっては「激辛ブーム」と呼ばれることすら少なくなったように思うが、それはこういった食品が庶民の中に十分に浸透した証だといえるだろう。辛いものといえば真っ先に思い浮かぶのが唐辛子。一方で、辛さ以外の魅力はあまり知られていないように思う。今回は唐辛子(ピーマンなども含む)について、科学的な話をたくさん交えながら、特性、活用法、歴史など、広く紹介したい。

※以下、飯テロを含みます

(長文かつ部分的に難解なので適宜読み飛ばしてね)


なぜ人々は唐辛子に惹かれるのか

 よく見かける、
「唐辛子には辛味成分であるカプサイシンが含まれており、これにより痛覚に近い感覚が発生し、脳内でアドレナリンやβ-エンドルフィンが分泌され、快感が発生するため──」

──という説明は正しいが、それは理由の一側面にすぎない。

料理における唐辛子にはそれ以上の役割がある。
 ・辛味
 ・香り
 ・甘味/旨味/苦味
 ・彩り
これらすべてが料理に影響を与える。感覚的にも化学的にも、完全に分けて考えられるわけではないが、便宜上分けることにした。ひとつずつ解説していこうと思う。


・辛味

近所の中華屋さん「高園」の麻婆豆腐
「中辛」でも激辛で、甘味や旨味の存在を引き立てる
花椒ホアジャオの香りも心地良い
ラーメン屋さん「鬼金棒きかんぼう
カラシビな刺激と香りで飽きがこないばかりか、食べた後でも腹が許すならまだ食べたいと思える最高の一杯
ちなみにチャーシューが死ぬほど美味い

~辛味の科学~
 辛味成分の違いとそれを感じ取る舌の受容体の違いによって、辛さの質には違いがある。日本語ではすべて「辛い」と表現するが、細分化できることは感覚的にも分かると思う。以下に思いつく例を挙げよう。
 ・唐辛子(カプサイシン類)
 ・胡椒(ピペリン)
 ・生姜(ジンゲロール、ジンゲロン、ショウガオール)
 ・山椒/花椒ホアジャオ(サンショオール)
 ・ねぎ/たまねぎ/にんにく(アリシン)
 ・わさび/からし/大根(アリルイソチオシアネート)
 ・ミント(メントール)
例えば、唐辛子・生姜・胡椒の辛味成分は違うが、同じ受容体(TRPV1)で感じ取るので似たような「灼熱感」をもたらす。
 多くの有機物は脂溶性であり、例に漏れずカプサイシンもほかの辛味成分も脂溶性、つまり油に溶けやすく水に溶けにくい。化学的にも油と相性がいいということだ。辛すぎるときには、水ではなく牛乳などの脂質やタンパク質を含むもので緩和しよう。ビタミンにも水溶性のものと脂溶性のものがあったりするので、このあたりの話は調べて知っておくと有益かもしれない。
 ちなみに種が一番辛いというのは嘘で、実際に辛いのは隔壁(しきり)と胎座(わた)の部分。

~料理における唐辛子の辛味~
 料理における辛味の役割は簡単で、重たい料理を軽くすること料理にアクセントを加えることにある。油が多い料理や味が強い料理は重たく感じ、飽きやすい。そこで刺激を加えることで、重さを緩和することができる。アクセントとしての唐辛子の使用は漬物やきんぴらごぼうがいい例だろう。別段飽きるものでなくてもアクセントがあったほうがいいものはたくさんある。


・香り(今回の重要ポイント)

近所のインドカレー屋さん「SPICE HOUSE」
クミンの利いたターメリックライス、カルダモンの利いたラッシー、そしてパプリカ粉末が主役級の仕事をしているほうれん草カレー/マトンカレー/チキンティッカ
インドカレーは香りの宝庫

~香りの科学~
 鼻は非常によくできている。受容体の種類にしてせいぜい数十、基本の味覚にしてたかだか5種類の組み合わせである味覚に対して、嗅覚は有効な受容体が約400種類、その組み合わせによって何万種類以上もの匂いを嗅ぎ分けることができるといわれる。さまざまな化学物質に対する各受容体の反応の組み合わせによって、これはラベンダーでこれはローズマリーというように、嗅ぎ分けたり、近い匂いだと分類したりできる。感度も相当に高い。現代の技術ではとても機械に真似できない最強の感覚器官なのだ。だからこそ、香りは工夫のしがいがある変数であり、料理においては料理人の知識と腕が試される。
 香り成分もほとんどは油に溶けやすい。唐辛子の香りもそうだ。だから油に香りを移すという作業が行われる。

※香り成分の多くは有機化合物だが、官能器の種類、炭素鎖の長さ、炭素の結合次数によって、ある程度香りの質や強度の傾向が分かっている。それでもまだまだ不明点は多い。
官能器って最初見たときえっちなやつかと思いました

~料理における唐辛子の香り~
一番書きたかったのはこの部分。料理が上質かどうかを決める因子としてもっとも大きいのは香りであり、味(塩味・苦味・酸味・甘味・旨味)が整っているのはもはや前提となる。
 唐辛子は辛さばかり注目されがちで、実際「唐辛子 香り成分」などと検索してもまともに出てこない。しかし実際は特有の香りを持っていて、料理の質を大きく引き上げる。そして香りは、唐辛子の種類、成熟度(青唐辛子/赤唐辛子)、乾燥度、加熱具合により異なる。
例えば、ハバネロ(Capsicum chinenseの一品種)はピーマンや鷹の爪など(Capsicum annuum)とそもそもしゅが違い、ハバネロ固有のフルーティーな香りをもつ。ハバネロが入った料理はすぐに分かるため、単純に鷹の爪の代用とすることはできない。情熱的なその香りを活かす料理設計をすべきだ。
 辛味(カプサイシン類)自体も香りを持つので、ししとうの辛い個体はかじったときに他の個体と違い、辛そうな匂いがする。農林水産省のページ「カプサイシンに関する情報」に「見た目や匂いからシシトウの辛みを判断することができませんが」などと書かれているが、少なくともヘタを落とせば食べなくても匂いで分かる。
 青唐辛子と赤唐辛子は別種と思っている人も多いが、ただ成熟度が違うだけだ(ただし、一般的にこれは青/赤の状態で使われる品種だ、というのはある)。青唐辛子には植物らしい、「爽やか」や「青臭い」と形容される香りがあるため、これを活かしていくことになる(論文[1] によれば、その香気成分はn-ヘキサナール、2-ヘキセノール、2-ヘキセナール)。これらの成分は成熟や加熱によって減少する。青唐辛子/赤唐辛子ともに、乾燥によって新鮮な香りや刺激臭は減少するため、主張を抑えたいときには乾物を使ったほうがよい。生が持つ青い香り、成熟による甘酸っぱさを含む香り、乾燥させても残る華やかな香りは、辛さの場合と同様に、料理に爽やかさを加え、重さを軽減する。また、加熱によってカラメルのような焦げ甘い香りのフルフラールが生成されるので、香ばしさを出したい料理は、焦げすぎに注意しながらその効果を狙うとよいかもしれない。
 乾燥させても残る華やかな香りも実は超重要だ。例えば、北インドカレーのやる気の出る香りはクミンやクローブのような落ち着いた香りのスパイスではなく、にんにくとパプリカ粉末(やチリペッパー粉末)の香りによる。カレーを食べるときに、端っこにパプリカ粉末を振りかけ、その部分を食べてみれば実感するはずだ。とりあえず、

チリペッパー粉末 = パプリカ粉末の香り + 辛味と辛い香り

と理解しておけば、パプリカ粉末の使いどころが理解しやすくなるだろう。

※パプリカ粉末のパプリカは、日本で売られているいわゆるパプリカとは別種。日本で一般的に売られているパプリカ粉末は辛くない(上の式が成り立つ)が、世界には辛味種のパプリカ粉末もあるらしい。

[1] “Volatile Aroma Compounds of Green Chili Pepper Treated with Different Heat Drying Processes”, EM ON CHAIROTE and SAWANYA INTACHUM, International Journal of Applied Chemistry. ISSN 0973-1792 Volume 12, Number 2 (2016) pp. 129-138


・甘味/旨味/苦味

発酵調味料がもつ甘味・塩味・旨味が魅力の甘辛料理、そこへ苦味が加わることで、料理は複雑さを増し、楽しく、飽きにくくなる

~味の科学~
 特に書くこともないが、味覚について気になる人は「味覚受容体」で検索してみると面白いかもしれない。酸味と塩味はイオンなのでイオンチャンネルの受容体で受け、甘味と旨味と苦味はタンパク質の受容体で受ける。嗅覚と同じく、まだまだ解明されていない部分が多い。

~料理における唐辛子の甘味/旨味/苦味~
唐辛子やピーマンも一般的な果実と同様に、熟せば青臭さと苦味が減り、甘味と旨味と酸味は増す。このうち甘味は意外と大事な要素で、例えば、ししとうは青い香りも苦味も酸味もほどよく、また甘味があるため、焼いたり炒めたりしたあと調味料と合わせるだけでも美味しい。
 苦味はそれ自体、味に深みを出す要素だが、それ以外にも役割がある。香りと同じく、苦味は料理の重さを軽減する。ピーマンの肉詰め、青椒肉絲チンジャオロースー、ピーマンピザ、ハラペーニョポッパーなど、油の多い料理や味の強い料理に唐辛子系統はよく合う。キャラメルマキアートなどにおいて、コーヒーが香りと苦味で甘ったるさを抑えてくれる効果とよく似ていると思う。


・彩り

近所のラーメン屋さん「平右衛門」の夏限定メニュー
彩りが非常に美しい

 全部の色素について書いていたら超長くなってしまった!(前半に至っては唐辛子関係ないし)。色といえば化学、化学といえば色だから仕方ないが……。

~色素の科学~
 見栄えのいい料理にするためには、色素の科学を知っておく必要がある。野菜の彩りに関わる色素は主に以下の4種類。
 ・クロロフィル(緑)
 ・カロテノイド(黄~赤)
 ・アントシアニン(赤~青、フラボノイドの一種)
 ・ベタレイン(黄~赤紫)
ちなみに、唐辛子に関係があるのはクロロフィルとカロテノイド。それぞれの特徴をまとめよう。

クロロフィル(葉緑素)
 緑の色素。マグネシウムが配位した構造を持っていて、酸性と加熱によりマグネシウムが水素に置換されて黄緑褐色のフェオフィチンになる(※)、取り扱い注意色素。変色対策は以下。

・炒める前の下茹で、油通し、高火力により加熱時間を短くする。茹でるときは沸騰したお湯に入れ、取り出したら急冷することで、余熱による退色を抑える。
・茹でるときに重曹を加えることでアルカリ性にし、水素イオン濃度を下げる。入れすぎると苦味が出ることと野菜が軟らかくなることに注意。

※加熱により反応が進む具体的な理由は分からないが、組織が破壊されることで組織内の酸とクロロフィルが接触しやすくなることや、単純に反応速度が上がるなどの理由が考えられる。
参考:
“ほうれん草の調理科学的研究” 代谷 沢, 片岡 慶子, 勝元 みどり, 京都女子大学食物学会誌 027 31-41, 1972-11-25

カロテノイド
 オレンジ色系の色素。安定していて基本色落ちしない。脂溶性。

アントシアニン(⊂ フラボノイド ⊂ ポリフェノール)
 紫色系の色素。pHにより構造が変化し色が変化する。水溶性なので簡単に汁が紫になる(ハロウィーンなんかに、柑橘でピンクになる紫のスープはいかが?)。また、金属と錯体をつくり安定するため、ミョウバン(アルミニウムを含む)を使うことで茄子の漬物を鮮やかにしたりする。また、茄子は脱色しやすいので、油通しや油を塗って炒めるなど、アントシアニン(ナスニン)の溶け出しを防ぐ工夫をすることで、綺麗な紺色が維持できる。

ベタレイン(⊂ ポリフェノール)
 赤紫色系の色素。ベタレインはアントシアニンを使わない植物がもつ、珍しい色素。水溶性なので、これまた簡単にスープを染め上げる。ボルシチ! 野菜ではビーツとスイスチャードぐらいしかない。pHの変化に強く、熱には弱い。が、そんなに長く煮込む必要がないので問題はない。

 ちなみに、葉野菜などを茹でると色が鮮やかになるのは、組織内の空気のギャップによる散乱(光を乱反射して白くなる、雪の白と同じ原理)が少なくなる影響がほとんどらしい。
参考:
日本植物生理学会->みんなのひろば->植物Q&A->植物の色出し

~料理における唐辛子の彩り~
 言うまでもなく、彩りは美味しそうに見えるために重要な要素で、新鮮さを象徴する緑、甘そう/旨そうに見える黄や赤は、料理にとって特に重要だろう。植物でもっとも一般的な色である緑(クロロフィル)は、料理でもっとも一般的な操作である加熱に弱いため、注意が必要となる。茶色がかったほうが美味しそうに見えるのか、鮮やかなままのほうが美味しそうに見えるのか、できあがりの図を想像しながら、加熱時間に気をつけて料理しよう。赤唐辛子の赤はカロテノイドなのでにんじんやかぼちゃと同じく心配がいらない。ピーマンやししとうの緑はクロロフィルなので気をつけよう。


唐辛子系野菜の究極オススメ料理

かぐら南蛮という辛い唐辛子
かぐら南蛮アジ南蛮

 すでに書いたように、油料理とは特に相性が良い。ここではメジャーではなさそうな料理や使い道を紹介しよう。

・ししとうと鶏ももの甘辛炒め煮
 鶏もも肉に塩胡椒を揉み込み、綺麗な色がつくまでサラダ油で炒める(好みでしめじを加えると美味しい)。ヘタを取ったししとうを加え、砂糖・酒・醤油・みりんを加え、軽く炒め煮合わせる。最後に好みで七味または一味、ごま油を加えて混ぜる。砂糖とみりんで甘さととろみをつけるのがポイント。「好みで」と書いたところは個人的にはやることをオススメする。どれも香りを加えるのが主な目的。大人な味の、我が家のとっておきメニュー。

・ピーマン入りカレー
 辛い料理といえばカレー。カレーにピーマンを入れるのは、当たり前の人もいれば、話すと驚く人もいる。重たい料理代表であるカレーに、ピーマンは最高に合う。ほどよく火を通して食感と香りを残すもよし、しっかり煮込んでルーの一部のようにするもよし、香ばしいカレーならしっかり焼くのもよし。夏野菜カレーの具材にどうぞ!

・細切りピーマン和え
 ほどよく小さく細切りにしたピーマンを軽く炒め(または軽く茹で)、かつお節やちりめんじゃこ、塩昆布などを加え、醤油とごま油で和える。生っぽさをほどよく抑え、かつ、香りと酸味を活かすぐらいの火の通りが良い。苦味も活きる、お弁当にも使える簡単な一品。

・かぼちゃとピーマンとひき肉の青唐辛子炒め

この写真だけ偶然残ってた

 適当に刻んだにんにくと青唐辛子を油で加熱し香りを移す。ひき肉(豚か牛豚がオススメ)を入れて塩胡椒で炒め、焼き色がついてきたら薄切りのかぼちゃを加えてさらに炒める。最後に細切りピーマンを加え、塩胡椒で味を整えて少し炒める。酒・みりん・醤油で炒めてごま油を加え、和風に仕上げるのも美味しい。かぼちゃの甘味とひき肉の旨味が青唐辛子の鋭い辛さとバランスを保ってくれる。

・ハバネロの使いかた(おまけ)
 ハバネロの香りはひき肉と最高に合うので、ぜひ粉末を塩胡椒と一緒にひき肉炒め料理に使ってみてほしい。あるいは何かの辛いソースに隠し味として入れると香りで面白い効果が得られるかもしれない。辛さばかりが有名なハバネロだが、この唐辛子を活かすなら特有の香りを中心に据えることを忘れないようにしたい。


唐辛子の歴史

 普通こういうのは最初に書くものだが、今回はおまけということで少しだけ。
 もともと中南米の植物であった唐辛子は大航海時代を経て世界中に広がった。インド料理、タイ料理、四川料理など、現在辛そうな料理のイメージがある地域でさえ、唐辛子が伝わったのは16世紀や17世紀という割と最近のことであり、それ以前は胡椒など他の香辛料で成り立っていた。生物を遺伝子の乗り物と考えるなら、唐辛子は人間に好まれる形で大成功を収めたといえよう。


まとめ

・唐辛子の辛味、香り、苦味は、料理の重さを軽減する。カプサイシンが脂溶性であることも含め、重くなりがちな油料理と相性が非常に良い。
・唐辛子は種類や成熟度、調理法によって香りが異なる。料理に応じて、青さ、香ばしさ、華やかさなど、様々な効果を演出することができる。
チリペッパー粉末 = パプリカ粉末の香り + 辛味と辛い香り」
を覚えて帰ろう。
・唐辛子の色は、青は新鮮さ、赤は甘さ/旨さを感じさせ、食欲をそそることができる。青唐辛子やピーマンは、緑の野菜の例に漏れず長時間の加熱で色がくすむので注意しよう。
オススメ料理をぜひ試してみよう!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?