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心の豊かさは、何を持たなくとも、いつからでも追求することができる

『精神の考古学』刊行記念 中沢新一トークイベント」に参加。
イベントの内容としては、本の中に書かれていることを掘り下げるというか、編集者が気になった部分を先生との対談の中で明らかにしていく掘り下げていくというものであった。

私が一番気になった点は、実際に原初の心というか、そういうものは確かに存在するかもしれない。しかし、そういった宗教の体系があり、そういった心の状態まで人は瞑想だとか、いろいろな修行を通して、そういう心の状態になっていくことができる。でもその心の状態になったからといって、なかなか簡単には世の中は変わらない。先生の話にも出てきたが、チベットのそういった先生方たちが、将来起こるであろう心の崩壊をどうすればいいか、ということを考えていたという話を聞いて、そういった心の状態になったからといって、すぐに世界を善くすることはできない。では、どうすればいいのか。そういった心の状態を持った人たち、そういった知性でも、具体的な解決策というのはわかっていない。それこそそんな修行もしていない私たちが、そういった解決策を見つけることができるだろうか。

そういう点では、この本を読んだからといって、私たちには何ができるのだろうという印象を受けた。しかし、その体系化されたゾクチェンのようなものが、そういったものが実在し、ある意味ではそれは万人に開かれている。なので、それを求めれば、私たちはその心を手に入れることができるのだ。その発見だけで、この本は本当に素晴らしく、私にとってはまさにトレジャー、宝物だ。前に書評を書いたときに、それを漫画『ワンピース』に例えて批評したことがあるが、まさに海賊王ロジャーが「ワンピースは存在する」と言った瞬間に、大海賊時代が始まったように、この本が現れたことで私の中では大精神時代が始まった。

だからといって、すぐにチベットを目指すとか、ゾクチェンを学びに行くわけにはいかないが、でも実際にネパールだとかブータンとかには、そういった昔ながらの心の豊かさを持った人たちが、まだ存在するという話を聞いて、まあそういう人たちに会いに行くということも一つの歩みなのではないだろうか。ワンピースの中でログポースという羅針盤が出てくるが、私たちにもそういった羅針盤というものが存在するのではないだろうか。本を読んで、今回の講演会を聞いて、さらにそういった方向への進むべき道というものがあるということを感じたのである。

質問の中でも面白いなと思ったのが、参加者については20代から70代位まで非常に幅広い方々が参加されており、例えば般若心経だとか、瞑想だとか、実際にそういうのを実践されてる方もおり、そして編集者の方も中沢新一先生の本を読んで、それをやってみたいと言っていた。また本に書いてあるやり方を真似して、実際にやってみるということをやっている人がいることを知って、この本自体は別にそういった瞑想のノウハウを提供しているわけではないけれども、それでも自分なりにそういった瞑想を取り入れたりとか、そういうことをする人が現れるということは非常に面白いなあと思った。ある意味では自己流になってしまうというはあるけれども、でも実際に私たちは実践することによって、今回で言えば心に変化が現れてくる。深いところまで行けば、実際にその内側からの光というのが見えてくるとか、そういう体験ができる。そしてそれをしてみたいという人がいて、実際にやっているという人がいるということは、やっぱりこの場に来てみてそうなんだ、いるんだというか、みんなそれを求めてるし、やっぱりそこに行きたいと思って一歩を確実に踏んでいる人がいて、自分自身も始めてみようかなって思うことができたのは、非常に印象深かった。

そしてもう一つ印象的だったのが、最初の話とも重なる部分であるが、じゃあこの本を読んで何を私たちは実践していくことができるのか、生活の中に取り入れていくことができるのか。またどうしたら世の中を善くしていけるのだろうか。先生が話されていた中でも、ある時から増殖が始まり行き過ぎた資本主義になってしまって、このままではもう世界は壊れてしまうだろうということが現実的に見えてきている状態で、じゃあ一体私たちが何ができるのか。そこのところは私も非常に知りたいところで、先生が考えていることをもう少し掘り下げたいところだった。直接的にはそうではないにしろ、そういった質問があり、その答えも非常に面白いものであった。

先生の答えはまず、レヴィ=ストロースの言葉の引用から始まったのであるが、「ただ見つめるだけ」という答えであった。レヴィ=ストロースについては、彼はもう世界が終わるということを前提に、あの本を書いていたということであれば、そこにどういった意味があるのかと言えなくもない。でも、それでも彼はあれを書いたということは、また非常に感慨深いことである。彼はどういった気持ちで執筆だとか、それこそフィールドワークだとかをやっていたのだろうか。そして中沢先生は、これから先進国である日本はさらに貧しくなっていくだろう、その中で豊かさ、心の豊かさを見つけていくこと、例えばゾクチェンでの修行であれば、ほとんど何も持たない状態でありながら、それでも心の豊かさを追求していく。究極の貧乏な状態から、究極に心が豊かな状態というのを目指しているのがゾクチェンだったり、仏教ではないだろうか、という話をされていて、これから日本がさらに貧しくなっていく中で、そういった心の豊かさ、精神的な豊かさを目指していく、それが日本人の役割なのではないかと先生は言っていた。これから多くの先進国もまた貧しくなっていくことが予想される。そんな時に、日本人がそれに取り組み、導くことが一つの日本人の役割なのではないかと。

その話を聞いたときに、私の中では「なるほどなあ」と腑に落ちるところがあった。残念ながら抜本的な解決策があるわけではなく、現実問題として日本の社会は衰退していく。資本主義は崩壊するだろう。おそらくもうそれは止められず、私たちもそのような社会の中で生きていかなければならない。それは簡単なことではないだろうし、それを受け入れていかなければならない。だからといって人生をあきらめるということもできない。そんな中でどういった道を見出していくかのヒントというのが、先生の講演の中に、本の中にあったのではないだろうか。

今の自己啓発本とか、スピリチュアルな本には「どうしたら幸せであり続けられるだろうか」ということが書かれているが、私たちには現実的な社会というものがあり、国家というものがあり、そういうものの影響を受けないわけにはいかない。精神性だけを豊かにすれば幸せであり続けられるかと言えばそうではないだろう。そもそも「ずっと幸せであり続ける」ということ自体が不可能なことで、そういったものをしっかりと受け入れながらも、それでも豊かさを目指していく。ただ現実的なところとの折り合いをつけていけばいいというものではないだろうが、私たちは実際に肉体を持って生きていて、精神だけではない。だからこそ、そういった精神の問題や肉体の問題もあり、その現実と言われているものというのをしっかりと見つめながら生きていかなければならない。

私たちの乗ってる船は大きな流れに乗って流されていくようなものである。その大きな流れというのは、きっと変えることができない。もともと存在する大きな川の流れがあって、私たちはただその上をゆらゆらと流れていくようなものではないだろうか。しかし、私たちは、私たちのその船の上で、自分のできる範囲のことというのは、自分に選択することができる。それはもしかしたら本当に小さな小さな些細なことなのかもしれないけれども、私たちはそれを選ぶことができる。だから、そういった大きな流れを感じつつも、変えられるものを変えていくということが必要なのではないだろうか。

先生の話を聞いていて、他の誰かの考え方とかと比較する必要はないけれども、そういった現実的な部分とその精神的な部分というのが、非常にバランスよく語られているということは凄いことだなあと思うし、そういうのが本当にしっくりくる。どうしても社会の混乱というのが起こってくるし、これから日本はさらに貧しくなるということも間違いなく起こってくる。ただ20〇〇年からは運気が上がって、みんな幸せの道が開けるだとか、そういった話でもなく、私たちはやっぱりそういった混乱の中で生きていかなければいけない。そのことを横に置いて、ただ「幸せになればいい」という考えが別に悪いわけではない。けれども、もっともっと大きな視点に立つ必要があるのではないだろうか。現実的な肉体はどうしても物理的なものからの影響を受けるので、そのことを考えずに生きていけるのであれば、それはそれでよいのかもしれない。けれども、私たちの人生はそういうことにはなっていないからこそ、現実的な世界と精神的な世界を分離するのではなく、統合していく、より俯瞰していくことが必要になっていくのではないだろうか。

先生の話を聞いていると、改めて今世の中で流行っているような考え方や思考方法に対する違和感というのが、先生の考え方を通してどんどんとクリアになっていくような気がするのである。

だからといって、私に何か大きな力があるわけでもなく、ただただ淡々と貧しくなっていくことを受け入れつつ、でも心の豊かさを追求し続けること、できることはほんとにそれしかない。そのためにできることを日々やっていくことが大切なのではないだろうか。人生を豊かに生きるノウハウも大切だし、考え方を変えることも大切だろう。けれども、私たちはもっと大きな視点を持って、心の豊かさについて、そして心とは何かについて考えていくことができるのではないだろうか。

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