悪魔とのセックス

思い悩み、ただひたすらに夜の街を歩き回り、スマートホンの連絡先をスクロールしては助けを求められる人がいないか探し、見つからず、歩き疲れたどり着いた公衆トイレには、大抵の場合「いのちの電話」の電話番号が記されたポスターが貼ってある。

知らない人も多いかもしれないが、いのちの電話はなかなか繋がらない。同じように苦悩し疲弊している人間で、回線は溢れかえっているからだ。借金か、家庭環境か、学校や職場での暴力か。多岐にわたるこの世の魑魅魍魎に怯える魂が一点に集中し、奇妙な演奏を始める。

その音楽を聴くことができるのは、人間だけだ。

耳を澄ます。すると、慟哭に至る前の咽び泣きや、吐き気を催すような罵倒に打ちひしがれ発せられなかった声や、忿怒をどう処理していいか分からず何故か漏れた笑い声が遠くから鼓膜に忍び寄るざわめきを聴くことができる。それらの音は、空気の振動によって発せられるものではない。実体がない。従って、残酷なことに、鳴り止まない。

優しくありたい。自分に巣食う悪魔にも中指を立てて、凛として生きて行きたい。これがなかなかどうして、一筋縄にはいかない。生活が苦しくなれば心に余裕が生まれず、苛立ってしまう。言わなくていいことを言って人を傷つけてしまったり、言わなければいけないことを言わずに黙ってしまったりする。反省したはずなのに繰り返してしまう自分に嫌気がさしてきて、やがて自分自身にも優しくなれず、悪魔と交わってしまえば最後、そのまま闇に堕ちていく。人に刃を向け傷つける凶器へと変身し、そのことに違和感も抱かなくなってしまう。

それは避けなければならない。絶対に。

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