バトン
2020年がもうすぐ終わります
1年の振り返りは2021年の最初の投稿でしようと思うので、今年最後の投稿はふと書きたいと思ったテーマで書こうと思います
今回のテーマは「ボランティア」です
なんでボランティア?
このテーマにしたのは、「なんかボランティアやりたい気分になってきたけど最近してないなぁ」とふと思ったからです
ちなみに、ぼくはそこまでボランティアに熱心な方ではありません
そんな立派な人間ではありません(笑)
公私共にボランティアに関わることがあり、ボランティアについて考える時間が人より少し長かったというくらいです
ぼくとボランティア
寄付も含めて振り返るとこんなふうに関わってきました
小学生〜高校生
・ボーイスカウトで募金活動やゴミ拾いなどに「嫌々」参加
大学生
・ボーイスカウトの指導者として子ども達を指導
・妹に誘われて石巻の復興支援に向けたお祭り開催ボランティアに参加
・大人が夢をステージで語るプレゼンテーション大会の運営スタッフ
社会人
・祇園祭の山鉾巡行のボランティア(山車を曳いたわけではありません)
・灯籠流し花火大会で灯籠を作って流すボランティア
・海のゴミや大量発生した牡蠣殻の撤去などに来てくれる大学生の受入調整業務
・琵琶湖に大量発生した外来種の藻の撤去活動
・南三陸のワカメ漁師さんを手伝うボランティアツアー
・超小規模クラウドファンディングでお金を集めて東北のお土産を買いまくるひとり旅
・海外紛争地で活動するNGOへの少額寄付
・石巻へのふるさと納税
・営業自粛で大変な飲食店へのクラウドファンディングへの寄付
覚えている限りではこんな感じです
高校生まではやらされ感があり、「やれと言われるからやる」という受け身な参加でした
大学生になってから少しずつ自分から参加するように姿勢が変化していきました
ボーイスカウトで子ども達を指導するうちに「こんな経験をしてほしい」という気持ちが芽生えたり、東日本大震災があったり、というのがとても大きかったように思います
(東北に関することが多いのは個人的な理由もありますが、それは時が来たら改めて書こうと思います)
社会人になってボランティアを受け入れる側になり、さらに見方が変わりました
辞退してしまいましたが、JICA海外協力隊もボランティア活動の一つです
これまでの経験の中で思ったことを書いたり話したりしただけで合格したので、そこは自分の中の一つの資産として蓄えられてきたんだと改めて思います
ぼくのスタンス
積極的な姿勢で参加するようになって変わったことは、ボランティアに対するスタンスです
自分にとってのボランティアって「自分のやりたいこと × 人の役に立つこと」
つまり、「楽しい × 楽しい」だと気づいたんです
「困っている人を助けたい」「世の中を良くしたい」というのは最優先じゃないので、そんなに意識は高くありません
普段の生活では経験できないことが経験できるし、新しい人とも出会える、さらに感謝までしてもらえる、それがいいなぁと思っているだけです
特に、ボランティアの受入をやっていた時には、自分も大学生と一緒になって活動に参加し、本当に楽しんでやっていました
大量発生した牡蠣殻を海に入ってひたすら回収し続けるという重労働だったのにも関わらず、参加者の大学生に張り合ってバリバリやっていました
(そのせいか、アラサーなのに大学生に間違われるという事故が頻発していました笑)
仕事とボランティアの違い
受入調整をする立場になり、仕事との違いも意識させられました
大学生と一緒に海の清掃活動をしていた時、ぼくは業務として参加することも多くありました
そのため、少し後ろめたさも感じていて、心苦しく感じることもありました
その後に純粋にボランティアとして別の活動に参加したら、「やりたいようにやれる!」という気持ちになれました
仕事としての責任があるとないとでは大きく違うものだと感じました
受入調整をしてもう一つ思ったことは、活動の持続性です
ボランティアは人の善意によって成り立つ活動です
寄付金や労働力が無償で提供されることにより運営されるため、場合によっては「労働力の搾取」にもなりかねません
ビジネスであれば「利益を得る」という分かりやすい共通の目的があるため、多少の思いの不一致があっても成立するかもしれません
一方、ボランティアは参加者や受入側が共通の思いを持たないとうまくいかないものですが、立場が違えば見えるものも違う、完全に思いを一致させることは本当に難しいことなんです
これまで働いてきて一番辛かったのはその調整役をしていた時です
関係者の考え方の違いがはっきりと見えているのにそれを伝えることができない、その板挟みに合い、気づいたら職場で涙がぼろぼろ溢れていたということもありました
その時にボランティアって単純な仕組みではないということを知りました
ボランティア活動のゴール
ボランティアは大きく2つに分けることができると思います
ゆるく関わり続けるボランティアと長期にわたる課題解決型のボランティア
課題解決型のボランティア活動の場合、受入側はいつまでもその善意に甘えるわけにはいきません
最終的には受入側が自分たちで課題を解決できる状態に持っていく必要があるのですが、とことんボランティアに依存してしまうケースは多いように思います
それどころか、完全にボランティアに任せて自分たちは何もしなくなることもあると聞きます
それは労働力の搾取でしかないと思いますし、そんな結果になるのは非常に悲しいことです
そうならないためにも、参加側は将来的なプランを考えて望む必要がありますし、それが受入側に伝わるよう調整役と一緒に動かなければなりません
JICA海外協力隊で考えると分かりやすいと思います
例えば、途上国に井戸を作り続けるだけではいつまでも支援し続けなければならないし、修理まで面倒を見なければならないことになります
それだと資金がいくらあっても足りません
そうではなくて、現地の人たちが井戸を作る技術を身につければ自分たちで作ったり直したりできますし、自分たちで資金調達できる仕組みも伝えられれば、自分たちでゼロからできるようになります
この例は人から聞いたことを書いているだけなのでうまく伝えられているか自信がありませんが、「自分で解決できるようになる」までをお手伝いするのが持続可能性のある活動だと思います
お金や労働力を注ぎ込むだけじゃなく、知識や思いを継承することが大切です
それは時間がかかることですし、思いの食い違いでストレスを感じることも多くなります
でも、本当に何かを解決しようと思ったら粘り強く関わり続ける覚悟が必要です
ボランティアの輪が広がるために
ここまで書いてきましたが、「ボランティアってこんなに大変なんだ」ということを伝えたいわけではありません
ハードルが高くなって一部の人しか参加できないものになってしまうのはとてももったいない話です
実際、そういうふうに思われている方も多いと思います
ぼくが伝えたいのは「ゆるく関わり続けるボランティアだっていい」ってことです
「楽しいからやる」の何が悪い?
人の役に立ってるんだから何もやらないよりずっといいじゃないですか
持続可能性とか難しいことを考えるのはとりあえず活動を作る側に任せて、参加者は楽しめばいいと思うんです
長く活動に関わるようになって、本当にその人たちの力になりたいと思った時にいろいろ考えましょう
だから、楽しそうな活動にはぜひ気軽に参加してみてほしいと思います
仕事では得られない、言葉で言い表せない何かを感じることができると思います
ぼく自身、最近は何もしていないので偉そうに言える立場ではありませんが、ボランティアの楽しみ方を知っている者としては、いろんな人にそんな経験をしてもらえたらいいなと思っています
コブクロ「バトン」
今回のタイトルはコブクロの楽曲からいただきました
一番は小渕さんのソロ、二番は黒田さんのソロ、大サビで二人で歌うという、あまりコブクロの他の曲にはないパターンで歌われています
この曲のテーマは「命」なので記事の内容に直接繋がるわけではないのですが、ボランティア「する側」から「される側」にバトンを渡すことが大事なことだと思いましたし、ぼくからも誰かに「楽しさ」というバトンが渡せればと思ってこのタイトルにしました
曲について書き出したら想いが溢れて終わらないので歌詞の一部だけ載せて終わりにします(笑)
いつかは君も誰かに手渡す時が来る
まだ何も見えない小さな手のひらに
振り向かなくて良いようにゆっくりと渡すよ
まっすぐ力一杯走り出せるように
何度でもバトンを支えに立ち上がれるように
2020年の最後の投稿
毎度のことですが、書きながら文章を考えると長くてあっちこっちに話が飛んでしまいますね(笑)
来年も少しずつでも記事を書いて、伝える力を身につけていけたらと思いますので、これからもお付き合いください
それでは、良いお年をお迎えください
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