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デジタルオーディオの進化(1) - オーバーサンプリング

Facebookでちょっと面白い議論をしたので、それから派生させて、デジタルオーディオの進化についてちょっと考えてみました。実はデジタルオーディオも、中身は何度も変わってきているんですよね。その辺をちょっと掘り起こして振り返ってみたいと思います。

音楽をデジタルでレコーディングするのを始めたのは、実は日本が初めてです。1972年のことです。

世界初のデジタル録音はデノン | Denon 公式ブログ

もともとデンオン(現デノン)はNHKの放送用音響機器も開発しており、今でも標準原器となっているアナログ盤むけカートリッジ DL103 などを開発していた由緒正しい音響機器メーカーです。理論としてのデジタル録音はだいぶ前からあったのですが、彼らが初めてシステムとして構築し、それを実際の(主にクラシックの)商用レコーディングに使用しました。

今でもその音源は残っていて、CD化されてはいますが、実際に聴くことが出来ます。この「レコ芸」の紹介分の採録中にリンクがあります。

Amazon.co.jp:デンオン・クラシック・ベスト100

私はこのうちの一枚を、まずアナログ盤で購入し、のちにCDでも買いなおしました。

ジャン=フランソワ・パイヤール指揮によるパイヤール管弦楽団の「音楽の捧げもの」です。確かにデジタル録音らしくテープヒスノイズが一切ないのと、教会で録音されたものらしいですが、外の車の音までかすかに録音されているところにデジタル収録らしさが表れています。

ただ、実際に聴けばわかりますが、「こんなもん?」という印象をぬぐえません。また部分的には特に弦楽器の音色がきついなと思います。同時代の優秀なアナログ録音と比べると、ノイズなどの点以外では、ものすごく進化している点はあまり感じられず、逆に「当時の優秀なアナログ録音をCD化したもの」のほうがのびやかに聴こえる部分もあります。

なぜでしょうか?

実は、CDをはじめとするデジタルフォーマットのためのデジタル録音は、黎明期から現在までに「何度も」革命的進化を遂げています。

そのうちの一つが、「オーバーサンプリング」です。

CD用フォーマットのデジタル録音のサンプリング周波数は44.1KHzです。これで、この周波数の「半分」(ナイキスト周波数といいます)を若干下回る周波数まで記録することが出来ます。つまり物理的限界は22.050KHzです。なぜ「若干」なのかというと、デジタルで標本化する前に「ローパスフィルタ」が必要になるからです。

サンプリング周波数が X KHz の場合、ナイキスト周波数の 1/2 X KHzを超える周波数成分が入力されると、エイリアスノイズというノイズが発生します。これはデジタル録音特にPCM(パルス符号変調)という方式の原理上避けられないのですが、実際の楽器の音には22.050KHz以上の周波数成分がかなり含まれます。(これが「ハイレゾ」が有用であるとする根拠の一つでもある) したがって、デジタル変換回路に入力する前に、ナイキスト周波数以上の周波数成分をできるだけ「切り落とさなければ」なりません。

ただ、マイクで拾ってアンプで増幅した信号から、22.050KHz以上の周波数成分の信号を「ばっさり」切り落とすのは実はかなり大変です。こういった場合はローパスフィルタ(low pass filter : 低域通過フィルタ)というアナログ電子回路を使うのですが、通常の設計では 12dB / オクターブ、つまり20KHz以上をカットしようとすると40KHzでようやく12dB (4分の1)にできるぐらいです(二次ローパスフィルタ)。それでは性能的に全然不十分です。

そこで、もっと鋭くカットできる特別なフィルタを用意します。のちに説明するオーバーサンプリングが普及するまで、一般的にデジタルレコーダーに使用されていた回路です。

チェビシェフ型ローパス・フィルタ | CQ出版社 オンライン・サポート・サイト CQ connect (cqpub.co.jp)

図を引用しますが、

赤で追加した線が、一般的ローパスフィルタで使われる「二次ローパスフィルタ」のカットオフ曲線ですが、それでは全然足りないのでこの「チェビシェフ型ローパスフィルタ」が使われます。5次のフィルタ(オペアンプによるフィルタ2段+CRフィルタ1段)を使い、20KHzから数キロヘルツの間で20dB(1/10)以上低減するようなフィルタが使われていました。

ただこれは回路が複雑になる上に、回路を構成する抵抗とコンデンサの精度にとても依存するのと、この図にも示されているようにカットオフ周波数近辺、つまり20KHzを下回るあたりで周波数特性に乱れが出ます。(拡大図参照)

これが、「もろに」音に影響を与えます。よく昔のデジタル録音のものを聴いて、高域がざらついたり、弦楽器がきつめに聞こえたりする原因のほとんどはこれです。デジタルにする前のアナログ回路が、音に多大な影響を与えていたのです。

で、実はこれはアナログからデジタルへの変換時だけでなく、デジタルからアナログへの変換時にも同じことが発生します。デジタル信号をそのまま変換すると、やはりナイキスト周波数以上の帯域にエイリアスノイズが出ますが、それをカットするために、再生する際も同じフィルタ回路が必要になります。つまり、この不安定で音を変えてしまうフィルタ回路を「2回も」通過した音を聴いていたわけです。

当時一般的だったCDプレーヤー用DAコンバーター PCM56P (中央下側のIC)
https://kyouichisato.blogspot.com/2013/ より

当初これは耳には聞こえないだろうと思われていたのですが、実際の機器になったところで、やはりかなり音色変化がある、と認知されるようになりました。CD発売当時も「CDは音が悪い・高音がきつい・ひずみっぽい」と言われることが多かったように思います。

で、これを改善したのが「オーバーサンプリング」です。

オーバーサンプリングは、その名のとおり、44.1KHzのサンプリング周波数の何倍かのサンプリング周波数でサンプリングし、デジタルにした後でデータを「間引いて」必要なサンプリング周波数でのデータとして送り出してやる、というものです。

これで何が改善されるかというと、急峻な特性の・音質に影響が出るこのフィルタ回路をほぼ通さずに済むようになります。つまり、20KHzのすぐ上でフィルタをかける必要がなくなるので、これまでよりも穏やかな特性のローパスフィルタが録音時・再生時に使われます。これによって、高音がきついとかひずみっぽいとかの欠点がほぼ解消されました。

この音質の変化はほんとうに劇的で、今の時点で昔のオーバーサンプリングじゃないCDプレーヤーで、同じくオーバーサンプリングでレコーディングされてない音源を聴くと、恐ろしく音が悪く聞こえるはずです。「誰でもわかる」レベルだと思います。そのくらい、録音・再生時におけるオーバーサンプリングは一般化しました。

まあ実際には、音質向上もそうだけれど、手間と工数と部品の数が大幅に減らせる、という利点も大きかったと思います。

さらにもう一つの、これも「革命的」ともいえるデジタルオーディオの進化、デルタΣ(シグマ)変調について、これは別のノートにまとめようと思います。




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