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自分を求める人

はじめに

この世界は需要と供給・生産者と消費者・求める人と求められる人などの世界線だと思います。

自分がなにかを求めるものと同様にみなさんも誰かから。何かから求められているということ。

それだけは忘れずにいてほしいです。


私も社会から疎外されていると考えてしまい、
必要とされていないと感じていた時期もありました。


みなさんも生きていて誰かから必要とされているんです。

自分の価値は自分で値打ちをつけるものではありません。


自分を求める人

私自身。うつを経験した中で、実際に立ち直れた大きな要因として、自分を求める人がいたということです。


それは家族でも友達でもなく、

患者様でした。


自分がうつ症状が強かった時に、
唯一の心の拠り所だった場所が、

患者様を施術する場所でありました。


大学内での施術においてはほとんど特別扱いされていましたので、
教授や学生達が立ち入らない場所で施術をしていたので、予約枠がいっぱいだったとしても幸せだったのです。


患者様から私自身(鍼灸のみだったかもしれませんが)を求めてやって来られたのはある意味、生きる希望だったのです。



生きる希望


患者様からの生きる希望を与えていただいてましたが、それ以上にも耐えることができず、

結局、私は死を選択しました。



それでも生き続けた理由としては、

待ってくれている人がいた

からです。


それは教授や知り合いではなく。
患者様だったのです。


大学院修了が近づくにつれて、

大学を卒業しないでほしい。
次の職場を教えてほしい。など
離れることに対して悲しいですが嬉しい言葉が飛び交うようになっていったのです。


誰かに求められている。

自分の技術を認めてもらっている。
自分が毎日練習してきたモノがようやく実ってきたんだ。
と感じた一瞬です。



またしても患者様に助けていただいたのです。



助けていただいた方へ

絶望感を、味わい。自殺をしたこともありますが、自殺未遂で終わりました。


助けていただいた方、求めてきてくれた方には失礼なことをしてしまったと思います。


なかには高齢で亡くなられた方もいるかもしれません。


その人たちの分までしっかりと生きて、自分がこの世界に貢献している姿を見せれたら何よりです。


最後に

  • なにかに悩んでいる方。

  • 自分は必要とされていないと感じる方。

  • 社会からの疎外感を感じている方。


みなさんは誰かから求められています。
私は目に見えてわかる形でしたが、それ以外でも感じることは多くありました。

患者様にはその当時もっていた最大限の力を発揮して施術に望んでいましたが、

大学院生活に戻ると、自分の持っている知識量や業務に関して。
教授から言われたり、タスク量が多すぎたので、
全然できない。必要とされていないと感じ取っていました。

今振り返るとそんなことはなかったです。

自分を必要としてくれている人は山ほどいましたし、みなさんの周りにも必要としている人はいるはずです。


その人たちを大事にしようという気持ちやその人のためになにかしようという気持ちを持てば自ずと今悩んでいることが解消されていくと思います。

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