「好奇心」でつながるデジタルプロダクト『T2T』が学びを加速させる
──まず、Takram初の新規プロダクト「T2T」を立ち上げることになった背景から教えてください。
田川欣哉(以下、田川) デジタルプロダクトを自分たちでつくりたいねという話は、以前からありました。だけど実際には、、きちんと外に向けて発信できるレベルの開発までは踏み出せていませんでした。
メンバーが日々プロジェクトで忙しくしていて、自分たち起点のプロダクトに継続的に取り組むのが時間的に難しいというものあるけど、ぼくらのメインの仕事であるクライアントワークとはチーム構成もプロセスもディテールが少し違うというのが、踏み出し難かった要因のひとつですね。プロジェクトが進んでいくと、そのちょっとしたズレが障害にもなりえます。今回、それを解消できるチームやプロセスがつくれるのかを試してみたいという部分もモチベーションのひとつでした。だから、「T2T」にはプロダクトを世に出す話とTakramの新しい変革へのチャレンジというふたつのテーマがあります。
──Takramのキーワードのひとつである「拡張する輪郭」の一端を担うプロジェクトですね。では、その「T2T」の概要などを(川崎)陸さんからお願いします。
川崎 陸(以下、川崎) T2Tは、まさに「T2T」という名の社内制度をより活用しやすくするためのデジタルプロダクトです。元々T2TとはTakramのメンバー同士で教え合う勉強会の仕組みで、「Takram to Takram」を略してT2Tと呼んでます。
Takramの重要なアイデンティティのひとつである「学び」の質を高める意味でも、自社プロダクトをつくる意味でも価値のあるプロジェクトです。加えて、普段Takramが成長や変化をお手伝いしているクライアントにも、組織学習の文化を育んでほしいという思いがあります。だから、商用化して外の人にも使ってもらえる点でもTakramの思想に直結しています。
──石垣さんと石崎さんのおふたりはコラボレーターとして参加しています。どういった経緯で一緒にプロジェクトをすることになったのでしょうか。
石垣純一(以下、石垣) 今回のプロジェクトは田川さんのTwitterで知ったのですが、よくよく読んでみると何をつくるかは全然、書かれていない(笑)。でも、いま日本を代表するデザインファームが何かをつくろうとしていることだけはわかる。単純におもしろそうだし、プロジェクトに参加すればTakramがどのようなメイキングプロセスで動いているのかを高い解像度で学べる機会だと思い、エントリーしました。
石崎智也(以下、石崎) ぼくもSNSでYOUTRUSTの募集を見て、応募しました。これまではソフトウェアエンジニアとしてデジタルプロダクトの開発に携わってきましたが、最近はプロダクトマネジャー(PdM)として、“新しい何か”を企画する機会が多く、アイデアを具体化していく過程での引き出しの少なさに課題感がありました。TakramがPodcastなどで話している「アイデアをプロトタイピングする」というのはどういうことなのかを学びたいというのが、参加の大きな理由のひとつでした。
ふたつめの理由は「フロントエンドエンジニア」募集と書いてあったことです。直近、本業ではコードを書く機会が少なく、とくにフロントエンドのエンジニアリングスキルに課題を感じていた背景がありました。
──プロジェクトへの興味以外の部分で、ご自身のキャリアへの課題感みたいなものもおもちだったのでしょうか。
石崎 先ほどの内容と重なるところが多いですが、本業のプロダクトづくりだけだと、いつも慣れたプロセスで進めてしまいがちで「もっといい方法はないか?」というトライがなかなかできない。いつもとは違うプロダクトづくりのプロセスを体験してみたいという課題感がありました。また、PdM的な役割がメインになると、実際に手を動かしたり、プロダクションで新しい技術に触れる機会をつくりづらかったりもします。そういった技術的なトライもできそうだと思いました。
石垣 ぼくの場合は、本業ではUI/UXデザイナーとして活動していますが、事業やサービスをつくるというレベルでものづくりがしたいと思っていました。過去に自分たちで同様のことを試みたもののうまくいかなかった経験があり、Takramはどうやるのかにすごく興味がありました。
あとはデザインがどんどん広義になっていくなかで、自分はある程度限定された世界で活動していることは認識していて、ほかの組織やクリエイターの様子を聞くにはいい機会だと思ったからです。
──Takramのふたりは、石垣さんと石崎さんと仕事をしてみていかがでしたか?
田川 おふたりともプロフェッショナルとしてのレベルが高く、すっとフィットしてくれる感じだったので、チームワークのスタートのストレスは本当になかった。ZoomやSlack、GitHubみたいなデジタルツールのおかげもあるけど、新しいチームの中にパッと入ってパフォーマンスを発揮できる人たちが増えているんだなと実感しました。
プロジェクト、プロダクトフォーカスでチームをつくっていくスタイルには、独特の可能性を感じます。もちろん、ガキ(石垣)さんとザキ(石崎)さんがお人柄も含めて素晴らしかったということではあるけど、少なくとも今回のプロジェクトで設定したふたつのテーマに取り組めていることについては本当に満足しています。プロダクトとしては、ようやくPoC(Proof of Concept:概念実証)が始まるフェーズに過ぎないので、いまの時点で満足してはいけないですけれど。
川崎 ぼくがやるべきことは、ふたりがきちんとパフォーマンスを発揮できる環境をつくることでしたが、正直あまりやることがなかった(笑)。もちろん視点ややり方の違いはありましたが、むしろその違いがプロジェクトをよりいい方向にドライブさせるものだったと感じています。
田川 きっとたくさんの応募の中から、HRのyukos(山本優子)がスキルとフィット感をうまくチューニングしてくれたのだと思います。バイブスが合う合わないでチームワークの質は全然、変わってきますからね。
──石垣さん、石崎さんは、副業としてプロジェクトに関わってよかった点などはありましたか。
石垣 初期段階で田川さんからビジョンを共有され、みんなが同じステージに立ったことが確認できたら、「それぞれボールを持って自走してください」って(笑)。自分の持ってるものでやれるのは、すごい快適ですよね。何かを決める局面では適切なフレームワークをベースに、やるべきことがスピーディに決まっていくし。それはフレームワークの力だけではなく、決めたことを覆してもいいというメンタルでやっているからだと気づけたことが、いちばんの収穫だったかもしれません。
石崎 ガキさんと同じく、キックオフの段階で田川さんから全体像がわかるスライドを共有いただいて、メンバー間でビジョンを共有した状態でプロジェクトを開始できたのは、すごい参考になりました。あとは、アイディエーションの進め方ですね。ブレスト、ユーザーインタビュー、コンセプトテストの進め方などは勉強になりました。
──Takram側でこのプロジェクトに合わせてカスタマイズしたことはありますか?
田川 基本的には普段どおりだけど、よりユーザーフォーカスな姿勢で進めてきたとは思います。。陸が中心になってユーザーが何を考えてるのかのインタビューを繰り返しながら進めていきました。探索型PoCというかたちにしてるところも、このプロジェクトなりのカスタマイズですね。
川崎 おふたりのモチベーションからすると、Takramのやり方とか手法に興味を抱いていると感じつつも、Takramとしてもガキさんとザキさんの知見を存分にプロダクトに反映したいと思っていたから、普段、Takramがやっていることをきっちりやっていく部分と自社プロダクトに合わせてカスタマイズする部分、ガキさんとザキさんのやり方にお任せする部分のバランスを意識していました。
──プロジェクトの前後で、Takramの印象は変わりましたかした?
石垣 プロトタイプをつくっては壊すというのは、結構イメージ通りでした。むしろ、基本に忠実に進めていく感じは意外というか、「すごい、ちゃんとやっている」というのが印象に残っています。
展示会とかでインスタレーションを見る機会が多いのですが、すごいクリエイティブジャンプがあってつくられている印象が強かったので。例えば、ビジョンをかたちにしていくときに、ニュートラルにユーザーの声に耳を傾け、間違っていたら止める判断をその都度きちんとやっている。当たり前のことだけど、それを当然のごとくやれているのはすごいことだし、だからTakramなんだと腑に落ちました。
石崎 (Takramの)聖大さんがエンジニアとして入ってきてくれてから感じたのですが、品質へのこだわりやブラッシュアップの速度・馬力は、さすがだなと。リリース直前に1日単位でグングンとクオリティが上がっていたのが印象的でした。あとは、実際にT2TのプロトタイプをTakram内でローンチしたときに、どういう会が開催されてるかを見せていただきましたが、トピックが想像以上に多様だったことも印象的でした。
石垣 みなさん温かいというか、無邪気ですよね(笑)。できる人たちの集まりって得てしてクールに見えがちだけど、学びに対しての無邪気さというか。
石崎 確かに外から見ているとクリーンで、強い人が集まったプロフェッショナル集団のような雰囲気がありますが、実際に話してみるとみんな好奇心が旺盛で、やさしくて温かい部分がありますね。
──今後もこういう取り組みがあると思いますが、副業先としてこれから第2の石垣さんや石崎さんに向けて、どんなところが魅力かをうかがえますか。
石垣 Takramのようにボールを渡してくれるところは意外と少ないんですよね。プロジェクトメンバーの一員としてフェアに扱ってもらえ、自分のスキルを生かせる場所は貴重だと思いました。
石崎 オーナーシップを持たせてもらえる範囲は想像以上でした。例えば、T2TではTypeScript(Next.js/NestJS)での言語統一・GraphQL・Monorepoの採用など、いくつかチャレンジングな技術選定をしたのですが、Design Docsを聖大さんなどにレビューしていただいた際に「お任せします!」と結構な範囲を任せてもらえました。一方、スケジュール的にピンチな場面とかでは、さっとフォローに入ってくれる。そのバランスはとても進めやすかったです。
──Takram側はどうでしょう?
田川 自分たちのプロダクトをつくるのとクライアントワークでは、質の違う学びがあるよねと、陸と話しています。プロダクトづくりも、引いた目で見たらクライアントワークと同じやり方かもしれないけど、ぼくらの動き方とか、周りとの接点のもち方は全然違っていて、良し悪しではなく、種類が違う。こういう知見をTakramとして増やしていけるとすごくいいと思うし、ガキさんとザキさんのプロフェッショナルな知識からも、学ばせてもらってるところがとても多いです。
クライアントワークとプロダクトづくりの両方の可能性があることで、よりバランスの取れたプロフェッショナル像が浮かび上がってくるような感触ももっています。それが今回みたいなプロジェクトをもっていることのいいところかもしれないですね。
川崎 クライアントワークのPdMの経験はありましたが、自社プロダクトのPdMは初めてだったので、PdMの先輩であるザキさんに教わりながら、その手法や立ち回り方の引き出しを増やしていけたと思います。
──最後にT2Tにはこんな仕掛けがあって、こういうところに魅力があるという話を聞かせてください。
川崎 勉強会の開催を加速させるプロダクトだから、一歩目をどれだけ踏み出しやすくするかはいちばん意識したポイントであり、特徴のひとつです。それはT2Tを企画する人がSlackに投稿するでも、人に声を掛けるでもいいですが、一歩目を踏み出せなくて埋もれてしまっているアイデアやナレッジが多いという課題感があったからです。
石垣 人が集まる場所で自分の好奇心をさらけ出すことへのハードルを、プロダクトで解消していこうと取り組んだので、無事に解決できるのか、ぼくらも楽しみにしてるところです。
石崎 みんなの知識がブレンドされるトリガーをつくる話でいうと、エンジニアリング的な観点でもいくつか工夫をしています。例えば、Google CalendarやSlackなど、さまざまなサービスと連携して日程調整をしやすくしたりとか。それらの工夫が組み合わさって、学びの場がどう増えていくかというのは、楽しみな部分です。
田川 組織や知識って、どうしてもサイロ化してしまうんです。例えば組織には事業部・部・課などがあり、すぐ隣のチームが何をやっているのかはすぐ見えなくなります。社会は放っておくと効率化に誘われるかたちで、細分化に向かっていくのだと思います。だけど、新しい発想や解決法は知らない人と越境的に話して、いかに新しい掛け算を生むかにかかっていると思います。今回のプロダクトのビジョンの背景には、このあたりについての課題意識が存在しています。
ぼくは、人と人とがフラットなかたちで仲よくなったりリスペクトし合えたりする、そのつながりのきっかけとして「好奇心」があるといいなと思っています。ビジネスとしてスケールするかは分からないけど、T2Tが好奇心でつながるネットワークの基盤になり得る可能性に賭けてみたい。◯◯社の全事業部で使われていますとか、年間1万件のT2Tが行われてますみたいになったら痛快じゃないですか。それぞれの会社にあるT2Tのコミュニティが接続して、普段は交流のない会社同士が地域コミュニティとして結合するみたいな話もなくはないだろうと思っていて、それを何とか実現しようとしているのが、T2Tというデジタルプロダクトなんです。