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横断歩道を渡らないおばさんがいつか死ぬ日


裁きが下ることもある


道路交通法(横断の方法)第十二条 歩行者は、道路を横断しようとするときは、横断歩道がある場所の附近においては、その横断歩道によつて道路を横断しなければならない。

罰則(警察官等の指示に従わずに横断歩道外横断をした者)2万円以下の罰金又は科料

横断歩道があればそこを通らなければいけない。罰則もある。

バス通勤では、顔ぶれは自然と固定化してくる。

すぐそばの横断歩道を絶対に渡らないおばさんはその一人である。

小太りの眼鏡。癖毛のショートカットはブロッコリー状に暑苦しく茂っている。丸太のような足でヨタヨタと歩く。肩の部分が張った古臭いデザインのスーツを、真夏でも着ている。

住宅街ではあるが、団地内の幹線道路で交通量はそれなりに多い。

対岸へ渡るための押しボタン式信号がある。レスポンスがとてもよく、押して数秒で青に切り替わるためストレスは無い。

おばさんは、押しボタンを使わない。横断歩道に向かうまでの数メートルと数秒を惜しんで、道路のど真ん中を渡る。

おばさんは時間に余裕を持って現れる。急いでいてやむを得ず、という理由ではない。

車が来ているかどうかもあまり関係ない。明らかに車が来ているのにおばさんは渡り始める。急ぐ様子もなく悠然とした態度だ。車の方も不注意でスピードは下げない。ほんの少しタイミングがずれていれば事故が起きていただろう。それくらい危うい場面だったが、おばさんはそもそも車に気づいていなかったのか、平然とバス停に並んでいた。

おばさんが行動を改める日は来るのだろうかと考える。

危険への感受性は恐ろしく低い。すぐそばを車が通っても全く動じる気配はない。ヒヤリとする、ハッとする、そうした反射的な感覚がそもそも欠如しているように見える。

交通事故に遭えば変わるだろうか。その可能性もあまり考えられない。松葉杖をついたおばさんが、いつものように道路を渡る様子が容易に想像できてしまう。車椅子でも同じことをするかもしれない。

「やはり死んでもらうしかなさそうだ」妄想の中では、私は闇の総統になれる。

おばさんがいつものように道路をノロノロ歩きながら、ちょうど道路の真ん中に来たとき、突然爆発が起きた。おばさんは粉々に砕けた。裁きが下ったのだった。

バス停で待っていた通勤客は爆発に少し驚いたが、もはや助けられるレベルではないと分かり、軽くため息をついてから再びスマホをいじり始めた。

私の足元には爆破の衝撃でひしゃげた眼鏡が落ちていた。それを踏み潰し、道路脇へ蹴飛ばした。軽量素材で作られていたためか、存外遠くまで飛んでいった。

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