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2-12 学芸大学あるある 全般的にの続き

東京学芸大学に在学中に感じたことなどを綴っています。

前回は 

続きます。

忙しい初等教育教員養成課程


 小学校教員は全教科を教える事を求められるので、全教科の教科教育学の科目が必修でした。ピアノも必修だったので、音楽棟のピアノ室で、毎日の様に悪戦苦闘している学生が多くいました。

 また、中学校・高校の免許も殆どの学生が取得するので、3年生以降の専門科目では、初等と中等両方の課程の学生が合同で受ける講義が多くなり、中等の私達にとっては、2年までと比べて賑やかな講義が増えました。

 選択が多くのんびりしていた中等の私達と比べて、他の必修が多いので講義のコマ数が多く、常に忙しそうにしていたのを覚えています。でも、そんな努力が実って、実際小学校教員は当然ですが、中学校・高校の教員になる学生も多かった様です。

 実際私にとっての無二の友人も初等教育教員養成課程でしたが、今は高校の教員をしています。


課程の壁


 所属の科の壁とは別に、初等教育教員養成課程と中等教育教員養成課程・特別教科教員養成課程の間にも壁がありました。これは入試の時点での難易度が後者の方が高い事に起因しているのかも知れません。でも、教員就職の点では初等の方が遥かに良いんですけどね。

 初等教育教員養成課程は、他の科の教科教育学などの必修科目が多いので、専門科目に集中したい学生にとってはつらい環境にありました。中等教育教員養成課程は専門科目がいっぱい取れていいよねとよく云われたものです。中には初等に見切りを付けて中等に転科(転課程)する猛者も。

 でも隣の家がよく見えるのと同じで、中等などは専門の選択科目が多くて自由な分、自分で能動的に動かないと堕落してしまいがちという自律性を求められる点があります。教員になる事を考えるならば、レディメイドな初等とオーダーメイドの中等などのどちらが良いのかは、学生次第だと思います。

 実際中等などの課程で教員になる率は初等より低いと思います。中等などの卒業後の人生は、良くも悪くもかなりバラバラです。


学芸大学駅


 よく学芸大学関係者以外に云われたのは「学芸大学って東横線に有るんだよね」です。ええ、確かに学芸大学駅に学芸大学はあります。附属高校だけ、ですけど。(笑)

 実際の学芸大学の本部は50年くらい前に小金井市に移転しています。付近は畑も多い長閑な場所で、近隣の盛り場と言えば吉祥寺か立川。中央線の武蔵小金井と国分寺のほぼ中間にある車庫の側にあります。車庫の所に本当の学芸大学前駅を造れば良いのにとか、回送電車に乗せてほしいなどとよく冗談で云ったものです。

 武蔵小金井駅へはバスの便があるのですが、徒歩連絡になる国分寺駅の周辺の方が好きな街です。今はすっかり変貌していますが、当時は味のある店の多い渋い街でした。

 もし東横線にそのまま残っていたらどんな大学になっていたのでしょうか?興味はあります。


近所に国立大学が多い


 近くに一橋大学や東京農工大学、ちょっと離れますが電気通信大学などの国立大学が結構ありました。でも、近いだけで当時は殆ど交流はありませんでしたが。近年東京外国語大学も近くに移転した様で、現在は多摩東部に国立大学が集中的しています。

 最近は単位互換制度で近隣の国立大学の講義が受けられる様になったとの事。まあ、近いんだからそれくらいしてもいいですよね。また、学芸大学から他大学に受講する学生が多いとのデータがあるらしく、良い意味では、好奇心の高い学生が多い学芸大学らしい証拠かも?


以上、学芸大学あるあるの一部を紹介しました。

次回は










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