学術研究が衰退すると?

学術研究の衰退が国を滅ぼす?

 主に高等教育機関で行われている、学術研究の衰退が国を滅ぼすとは大見得を切ったものですが、あながち冗談とは言い切れません。

 実際パンデミッックに陥いった時に、ワクチンについての研究が、国内では不採算部門として民間が撤退して、大学などの学術研究の場で、細々としか行われていなかったという事実が明らかになりました。

 大学などの学術研究の場で基礎研究を行っている研究者が、大規模にワクチンの研究を継続していれば、今頃は国産ワクチンが行き渡り、多くの人の死を避けられた可能性もあります。

実用的な学術研究を好む傾向

 日本の学術研究の分野では、すぐに役に立つ技術に注目しやすく、それ自体が何の役に立つか、今の段階では分かりにくい基礎研究を軽視する傾向が見られます。近年話題になった国立大学での文系不要論などは、文系の研究は基礎研究が多く、すぐに役に立つものではない事から発せられた議論で、基礎研究軽視の典型的なものです。

 実際、今の国家予算に占める学術研究の占める割合は、先進国でも最下位クラスですので、そもそも学術研究の予算自体が限られたものになっています。現状の予算の範囲で、選択と集中をして配分する事で、辛うじて先進国のギリギリの学術研究力を維持してるに過ぎません。

国力の源泉とは

 国力とは、政治経済から科学技術の分野までのトータルの能力です。例えると、政治の国力は外交力から、経済の国力は広い意味での生産力から、教育は全国民の教育水準の能力から、科学技術の国力は独創的な発見や発明から測られるものです。

 外交力のセンスのなさは、明治から続く伝統なので置いておくとして、生産力は、昭和の戦時下の一時期を除いて、一貫して高いものでした。最初は絹や綿織物などの軽工業から始まり、徐々に重工業にシフトしていきました。

 教育も、江戸時代の寺小屋の存在などから識字率の高さを誇り、初等教育の地盤の上に中等・高等教育を発展させてきました。

 科学技術も、維新後に欧米各国に留学生を派遣して技術を国内に還元しました。同時に大量の外国人講師を雇い入れ、全ての分野で西洋化を推し進め、その講師に学んだ者が科学技術を内国化し、明治大正を経て、世界に並ぶ科学技術国となりました。

 戦中戦後の一時的な停滞を挟んで、これらのトータルな国力の発展が、一時アメリカ合衆国に次ぐ経済大国にしたのは皆さんもご存じの通りです。

学術研究の停滞の意味する事

 一方で、社会が成熟していくにつれて、科学技術も更新され、それをを支える学術研究も充実されていくべきですが、その流れに乗り遅れたのが現在の日本です。高度発展期に投下した財政赤字を解消する為に行われた財政再建の下で、選択と集中が学術研究の分野でも行われました。

 今発展している分野には予算が増加されましたが、新しい発見や発明を導き出すきっかけになる基礎研究は予算が削られ、研究の規模が縮小しました。ここに学術研究の停滞が起こったのです。

 その時期に、丁度世界の工場とまで呼ばれるようになっていた中国では、国力増強の為に学術研究に予算をどんどん投下しました。明治初期の日本の様に全世界に留学生を派遣して、その技術を国内に還元し、次第に国内で技術開発を進められる体制を整えました。その結果、今では経済だけではなく、科学技術の分野でもアメリカ合衆国に迫るまでに成長しました。

 学術研究の予算が一貫して潤沢ではない日本は、以前は中国の留学生の大きな受け入れ先の一つでしたが、いつの間にか、中国の後塵を拝する状況になってしまい、今では東京大学ですら、中国人にとって魅力的な留学先ではなくなりつつあります。

 この状態が続けば、単に学術研究力が停滞するだけでなく、新たな発見や発明の芽が出る機会が失なわれ、自国の力だけで学術研究を維持出来ない状況に置かれる可能性があります。

学術研究と安全保障

 学術研究と科学技術は連動しています。学術研究で芽生えた芽が科学技術に移植され、その更新と発展を支えているからです。

 日本は中国の様な専制国家ではありませんから、国の野心の為に、全てに先導して学術研究を戦略的に行う事は難しいでしょう。それでも、科学技術立国を継続する為には、基礎研究の火を絶やさない努力が必要です。基礎研究は直ぐに役に立たなくても、将来的には、人類の様々な脅威への備えに繋がる可能性があります。ある意味では安全保障にも繋がるのが基礎研究です。

 昭和の戦時下、多数の文系学生が学徒出陣する中で、大学院特別研究生という肩書で、基礎研究を行う徴兵免除を受けた文系学生が存在しました。当時のリーダーは、極限に陥っても、基礎研究の重要性を認識していたものと思われます。

 以前、日本の大学の国際評価に触れました。

 この記事の様に、現在の評価自体を気にする必要はないと思いますが、それはあくまで基礎研究の継続を絶え間なく行なう事が基本です。

 長期的かつ多様的な視野で自国の安全保障を維持するのが国家の在り方かと思います。学術研究の体制を維持する事が、安全保障を安定させる事に繋がる事に気が付いて、自律的な学術研究の場を再生し、基礎研究を絶やさない様な施策が今後行われる事を望みます。



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