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一枚目のサインの味

小学生の頃、そんなもの使うはずもないサインの練習をした。もしかしたら大人になって有名になってサインするかもしれない。もしものために練習っと。

浜がニシンで賑わう少し前、人生初の出来事があった。

十年と少し前、高校を卒業し漁師になるために必要な免許を取得してすぐに浜で働き始めた。朝早く起きて海に出る。船酔いはしなかったが船の上でまともに動けない。というか全てがよくわからない。自分は海の上で何をしたらいいのか、何をしているのかも理解せず言われるがままに目の前のやらなくてはならないことを淡々とこなしていく。魚くせぇ。汚ねぇ。仕事が終わればゲームするか寝るか。誘われれば飲みにいく。最初から漁師ではなかった。いや、漁師ではあったのだが少なくとも今のような漁師ではなかったのだ。

今では魚を獲ってお金を稼ぐ生活。主にタコ。漁師の他にYouTubeやってみたり、育ててもらった漁村の衰退を感じ、いつまでもここで暮らしていけるようにとちょっと難しいこともやっていたりする。お前は何がしたいんだ?なんて言われることもあるがわからない人にはわからなくていいと思っている。理解できない人に理解してもらうのは骨が折れる。その人がこっちの道にいつの間にか居た。という事実だけで私はいい。だからなのかいまだに骨折をしたことがない。疲労骨折は両脛同時になった。

町の人から、YouTubeを観てくれている人から、この記事を読んでいる人から、どこまでなのかわからないが、なんとなく応援されていると感じる。町で会う人に頑張ってるな!頑張れよ!って声をかけられる。この一言で私の能力が上がるわけではないが、夕方のビールがうまく感じる。

数か月前、ある小学生から色紙とこんな言葉を受け取った。

俺宏一君みたいな漁師になりたいんだ!サインください!

練習したサインは書けなくて、名前を丁寧に大きく漢字で書く。サインを頼まれるなんて思ってもいなかった。思っていたから練習したはずなのに。

あまりにも味気ない一枚目のサイン。

横にミズダコって英語で添えてみた。なんか英語ってかっこいいじゃんか。どうだ、一生懸命書いたぞ。

この日のビールは一番うまかった。




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