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認知症は毎日がトリック

老人ホームでの楽しい出来事を綴っています。


ある時ワテさん(自分のことをわてと言うので、ここではワテさんと呼んでいる)が、服をめくり上げながら
「姉ちゃん、見てごらん、これわてのじゃないよ。白がピンクになってる」
と、下着を見せてきた。

「えっ、それってどんなトリックよ!」

「わて白の下着を着てたよ。誰かにピンクに変えられたんよ」

「誰がそんな事するんですか?さっきお風呂に入って着替えたじゃないですか?」

「わて盗んでないよ。誰のも取ってない」

ピンクの肌着は新品で、マジックでしっかり名前が書いてあった。

「ちゃんと名前が書いてありますから、ワテさんので間違いありませんよ」

こんな会話が何度も何度も繰り返された。

入浴したことをすっかり忘れたワテさん。
知らない間に肌着が白からピンクに変わっているのだから、こんなに恐ろしいことはない。
肌着だけではなく、ズボンも上着も見覚えにない物を着せられると
「わてのじゃない」
といって落ち着かなくなり、結局着慣れた服に自分で着替えてしまう。

誰かに変えられたと思う一方で、もしかして自分が無意識に誰かの物を盗んで着てしまったのではないか?という恐怖も抱いているからだ。


短期記憶が出来ない人は毎日がこんなことの連続なんだから、神経が休まらなくて辛いだろうと思う。
だけど、最初は笑いながら話を聞いていても、繰り返し同じ話をされる内に、
『はあ〜、まったく困ったもんだ。説明しても分からなし、納得してもらえないから何を言っても無駄、無駄』
と時々は相手をするのが億劫になってしまう。

そんな私に神様が喝を入れてくれた出来事があった。

入居者様の食事量や排泄やら水分量を記録するのに職員それぞれ3色のボールペンを持っている。
ボールペンは個人持ちで皆自分のお気に入りを持参して使っている。
私とユニットリーダーのボールペンはピンク色で良く似ていた。
ある日リーダーのボールペンが机の上にあったので、私は無意識にそれを使って記録した。
『あっ、これは私のじゃない』と気が付いて、そのボールペンはそこへ置いた。
はずだった。
いや、確かに机の上に置いたのだ。

暫くしてリーダーが
「あれ、私のボールペンがない」
と探し始めた。
「さっきそこに置いてあったので、私使わせてもらいましたよ〜」
と、私はそのままそこに置いたから大丈夫と自信満々に言った後、何気にズボンのポケットに手を突っ込むと、な、な、何とボールペンが2本私のポケットに入っているではないか。
「あ〜すいません。私が間違えて持ってました」
と直ぐにリーダーにお返しはしたのだが、どうにも腑に落ちない。
だって、だって私は確実に机の上に置いたんだもの。


私には空白の時間があったwww
ひと仕事してから、もう一度その席に座り、リーダーのボールペンを使い記録をして、無意識にボールペンを自分のポケットにしまうという空白の時間が・・・・

2本のボールペンがポケットの中で私の手に触れた時、一瞬固まった。
こんな些細な事なのに、とてつもない恐怖心が私の全ての働きを止めた。

これはワテさんが言うトリックそのものだった。
知らない間に誰かが私のポケットにボールペンを入れた?
もしくは、無意識に泥棒を働いてしまった?
そんな事をした覚えが一切ないのだから、これはもう恐怖でしかない。

これだ!これが認知症の人の気持ちなんだと悟った。


さてこれは、「悟った私が素晴らしい介護ができるようになった!」
という自慢話ではない。
でもこの経験をすることで明らかに今までと違う見方が出来るようになった気がする。
今では
「姉ちゃん、見てごらん。わての服が変わってるよ」
と話し掛けられたら、
「本当に?どうしてだろう?ものすごい不思議な事だよね」
と答えるようにしている。
介護に正解は無いが、これで良いのかなと思っている。


「さっき風呂に入った」とか「娘さんが持って来た服だ」とかの
トリックの謎解きはどうでも良かったのだ。


















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