姪のモテ期

 今日は丸一日休みだった。
 あくまで休息日なので、郵便局に行って、公募に出すエッセイを郵送する以外には何の予定も立てていなかった。
 「馬、もしくは競馬をテーマにしたエッセイ」の公募。
 祖父のことを書いて送った。何らかの賞に入ってほしい。

 その後はものすごく久しぶりにスタバに行こうと思うも、38度の予報の日はちょっとの移動でも辛い。
 ならばスタバより近い喫茶店にしようと思うも、やはりそこまで行きたくない。
 なら、少しお腹も減ってきたことだし、ということで郵便局から近いマックに向かった。

 ハンバーガーに揚げ物をはさむなんて最悪だよな、と思いつつも「ザク切りポテト&ビーフ ブラックペッパークリームチーズ」を食べた。
 去年まではソース名の中に「ハラペーニョ」の文字があったのだが消えていた。
 ハラペーニョが好きだったのに。あの青辛さが好きだったのに。
 「いつも好きなものから消えていってしまう」と思ってしまうのは、私が「ないもの」ばかりに目を向けているからだろうか。

 ついでに言えばうちにはWi-Fiもないので、ハンバーガーを食べ終えたら追加でソフトクリームを買って、スマホをいじりつつのんびりしようと思っていた。
 だが、ハンバーガーを食べ終えるとそうもいかない状況になっていた。

 近くの席に母親と3歳くらいの小さな男の子がやってきたのだが、その男の子がひどい咳をしているのだ。痰がからんだ咳を頻繁にしている。
 小さな男の子には申し訳ないが感染りたくないという思いが強く、デザートタイムを諦めて店を出た。

 ジリジリ太陽のもと自転車を漕いで、ホームセンターに向かった。
 ここのホームセンターは入口にこじんまりとしたフードコートがあり、飲食店が4軒並んでいる。
 その中の『スガキヤ』でソフトクリームを買った。ラーメン屋だが、創業時は甘味屋だったので今でもクリームぜんざいなどのデザートが充実している。


 フードコートを見渡しながらマックで有り付けなかったソフトクリームを堪能した。
 そしたらふと、そう言えば姪はここのフードコートで知らないおじさんから千円もらったんだったな、と6年以上前のことを急に思い出した。

 姪と、私の妹であるその母がふたりでここのフードコートで夕食を摂っていた時のこと。
 近くに座っていた70代くらいのおじいさんが、1歳半の姪に興味を示し話し掛けてきたらしい。「何歳なんだ?」から始まり、ずっと「かわいいなあ」「かわいいなあ」を繰り返したそうだ。

 姪と妹が食後にトイレを済ませてフードコートに戻ってくると、また先のおじいさんが話し掛けてきた。
 そして今度は話し掛けるだけではなく、「これでこの子になんか買ってやってくれ」と千円札を渡されたのだった。
 妹は最初は断ったが、おじいさんの「受け取ってくれ」という意志が強かったので千円を頂戴し、直後にホームセンターで姪のための粘土セットを買った。

 妹からこの話を聞いた時、妹は本当は断りたかったと言った。
 私は、「いやいや、受け取ることがそのおじいさんにとって良いんだよ。あの子に千円やれた、って思えるじゃん。その嬉しさに浸れるじゃん。それに断ってたらそのおじいさんは傷付いたよ」と言ったが、妹は違う考えを持っているようだった。

 おじいさんには孫がいるものの、関係の悪い娘の子供だから全然会わせてもらえないのかもしれない。
 全然会わせてもらえないまま、孫はもう随分と大きくなってしまっているのかもしれない。
 たまたまフードコートで見かけた小さな女の子に、幼かった孫を重ね合わせたのかもしれない。
 孫にお小遣いをあげる、というずっとやりたかった行為を、フードコートで見かけた女の子で叶えたのかもしれない。
 私はそんなことを考えた。

 言っちゃ悪いが、姪は可愛い子定番のクリクリおめめでもなければ、小さい子がより可愛く見える系統の服を着させてもらっているわけでもない。
 なのに1歳半頃の姪はやたらと声を掛けられた。
 それも70歳オーバの男性限定で。

 ある時は姪と妹が近所を歩いていると、70歳オーバと思しき作業着姿のおじいさんが後を付いて歩いてきたそうだ。しかもそのおじいさんは剪定用を大きな刈り込みバサミを持っていたので、妹は恐怖を感じたらしい。
 おじいさんとしては、近所の垣根の剪定をしているところに姪が通り掛かったから、ハサミを手にしたまま思わず付いていってしまっただけのことだが、声を掛けてくるまではそれがまったくわからなかったそうだ。

 私が姪と手を繋いで買い物している時に70歳オーバのおじいさんに声を掛けられたこともある。
 「かわいいなぁ」「今何歳や?」に私が答えていると、姪がおじいさんの方に手を差し出した。
 するとおじいさんは、「え?いいんか?」と一瞬だけ戸惑うも姪と手を繋いだ。
 私と姪、姪と知らないおじいさんとで手を繋いだまま、ほんの1分にも満たない時間、店内を歩いた。

 おじいさんと私たちとの行く方向が分かれた時。おじいさんは姪から手を離して「楽しいひと時をありがとう」と言って去っていった。

 姪は1歳半を過ぎると、めっきり声を掛けられなくなった。
 モテ期が終わってしまったのだろう。

 姪は今年、8歳になった。
 10年後くらいには再びモテ期が来ることを伯母として願っている。

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