掛け湯神話
今から9年も前のことになり、現在の怠惰な生活からは考えられないことだがスポーツジムに通っていた時期がある。
最終レッスンは夜10時20分までだったか。
閉館は夜11時。
その間に大浴場には大勢の人が集まった。
先ず最初にシャワーで髪と体を洗う。
その後は水風呂と温かい風呂に何回も交互に浸かり、最後に温かい湯で締めるのがお決まりだった。
海老蔵のブログで交互に浸かると体に良いと読んで真似し始めたことだったが、何より気持ち良かった。
それがある日、締めの温かい湯にのんびりと浸かっていた時のことである。
体格の良い2人が浴槽に近づいてきた。
いつものようにそこそこの人で混み合っていたが、体格が良いので目を引いた。
2人は新入りらしかった。
現在の生活からは考えられないことだが私は週6日ジム通いをしていたので、知った顔がほとんどだから新入りはすぐわかった。
その新入り2人は髪も体も全く濡れていなかった。
たった今、風呂にやって来たばかりということだ。
2人は姉妹なのだろうか、動きがシンクロしていた。
洗面器で風呂の湯をひとすくいし、両肩にザーザーっと掛けると太い脚をおもむろに浴槽に突っ込んで入ってきた。
えっー!
あそこはっ!?
壁には「浴槽には掛け湯をしてから入って下さい」という注意書きがある。
2人は確かに掛け湯をした。
でもあそこの衛生状況には全く変化を及ぼしていない。
掛け湯したところで何になるのだ。
肩や背中の汗がわずかに流れるくらいではないか。
掛け湯に頼りすぎている。
掛け湯を信じすぎている。
私は水の抵抗を感じながらも浴槽の中をジャバジャバと素早く歩いて、慌てて浴槽から出た。
そしてシャワーに戻り、体を洗ってから浴場を後にした。
翌日からジムの浴槽に浸かることができなくなった。
シャワーで髪と体を洗うだけで風呂場を後にするなんて。
大好きだった冷水と温水に交互に浸かることなく風呂場を後にするなんて。
『お風呂会員』と呼ばれる、全く運動せずに風呂にだけ入りに来る人もいるというのに、風呂に入らず風呂場を後にするなんて。
注意書きの文言を変えて欲しいと願った。
「掛け湯をしてから」ではなく「あそこをちゃんと洗ってから」に。
しかし喉元過ぎればなんちゃらで、1週間もすればまた水風呂と温かい湯に交互に浸ったのだった。
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