【10分エッセイ#53】圧倒的な概念を前に思考停止にならないようにしたいよね
※10分間で書ききる、下書き・推敲なしのぶっつけ本番エッセイ!※
偶然か必然か、「自責思考が大事」という話を最近よく聞きます。
「何か自分にとってよくないことがあった時にそれを人のせいにせずに、自分ゴトとして捉えようよ」という話です。
良いよね。
でもまあ自責っていうのは「私がとにかく悪い!」という思考をすることじゃないなと思っています。というエッセイをこの前書きました。
自分がとにかく悪いとするのは(少なくともそれだけで終わるのは)、思考停止だし、それは「自責思考」の本来意味するところではないよなと思うのです。
「自分が悪かった」とただ単に自らを責めることではなく、「あの時自分が仮に何かできたとしたら何ができただろう?そして今から何をすべきだろう?」というモノゴトを前に進める考え方、自分を成長させる考え方だと思っています。
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で、ここまでは以前考えた話で、一歩進んで最近思ったことなんですけど。
上司的な立場の人、敷衍するとマネジメント側が「自責思考しなさい」って言いまくるのって、場合によっちゃ危険なこともあるなと思ったんですよね。
原則スタンスは「自責で考えよう」は良いと思うんです。
ただ、「それは自責思考が足りないよ~」みたいなフィードバックばかりになるのは、時としてマネジャー側の他責かもなーと。(もちろん場合によるんですけどね。)
マネジメント側は「自責」を言い訳に、部下に対してやるべきことを怠ることがないよう、注意しなきゃいけないと思うのです。
敷衍すると、何かしらの圧倒的な「良さげな概念」を唱え、それを前にして思考停止っていうのが一番怖いな、ということを感じます。
例えば「挑戦しよう!挑戦は良いことだ!」って言ってるけど、それを推進する環境や評価制度が整ってないとか。
なんか反論しにくいよね。よさげな概念持ち出されるとね。でも矛盾をはらんでたりするのね。
あと、こと「自責」に関しては、場合によっちゃ「自責って思いすぎてアラートあげられない」みたいなこともありそうだなとか思う。「よさげな概念」の取り扱いには注意したいなとも思ったり。
まあ考えすぎると何も言えなくなりますし、そのへんは適宜自分で良きように解釈してやってくれという話もある(そういうことをできる人を採用している状態でいたい)ので、いちいちすんごく繊細に取り扱えとかは思わないんですけど。
このあたりは持っておいた方が良い観点だな、とふとマネジメント側の視点に立ったときに思いましたとさ。
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あと最近思ったんですけど、私「敷衍する」っていう言葉が好きだなと思いました。
敷衍すると、サマリたいんですよね。笑
今日は以上です。
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