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飛び込みの神様の告白

かつて飛び込み界に「神」と呼ばれるアメリカの選手がいた。
グレッグ・ルガニスだ。
サモア人とスウェーデン人を両親に生まれるが、小さい時に養子に出された。
小さい頃の環境は劣悪で級友のいじめにあい、8歳で喫煙、13歳で麻薬に手を染めるなど、すさんだ生活を送っていた。
そんな彼が、誰にも負けなかったのが飛込みだった。

水泳競技には、競泳、水球、シンクロのほかに飛込みがある。
飛び込みは飛び板飛び込みと、高飛び込み競技の2種類があり、1人の競技と、2人一組で飛び込むシンクロナイズドダイビングとがある。

16歳で出場したモントリオール五輪の高飛び込みで銀メダルを獲り、4年後のモスクワ五輪の2冠は確実と誰しもが思ったが、ソビエトのアフガニスタン侵攻に抗議したアメリカが大会をボイコット、ルガニスは涙を飲んだ。
それでも、1984年のロサンゼルス、88年のソウルでは史上初となる連続2冠を成し遂げ、「飛び込みの神様」との異名を獲った。

ソウル五輪ではこんなことがあった。 
飛び板飛び込みで、五輪史上初めての2連覇を果たし、最後の高飛び込みを残すのみになった。
ところが、その予選で、飛び込み板に頭をぶつけて五針も縫うという神様らしくないミスを犯した。
その時の様子がこれだ。

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後頭部を飛び込み板にぶつけているのがわかるだろう。
出血し、血がプールに拡がっていき、場内が静まり返る。
3位。
予選では出遅れたが、傷ついた汚名を挽回しようと決勝に備え、予定通り4個目の金メダルを獲り、五輪の舞台から去って行った。

引退後の1995年、ルガニスは自伝『Breaking the Surface: The Greg Louganis Story』を発表。
この中で、自身が同性愛者であることを公表し、翌年アトランタ五輪の行われた1996年にさらに大きなカミングアウトをするのだ。

 
『僕はHIVに感染している。』

すると世間が急に騒がしくなる。
ソウル五輪の高飛び込みで5針を縫った予選の失敗を巡ってだ。
当然出血したまま水中に入っていたことから、他の選手へのHIV感染の危険性があったのではないか、と議論を呼ぶことになったのだ。

ソウル五輪当時、彼は自分が感染していることを公表すべきかどうか悩んだのだが、HIVの専門医から感染の危険性は無いとアドバイスを受けていたことをその自伝で明らかにしている。
この当時HIVへの偏見は強く、直ぐにスポンサーはルガニスから離れていった。

それから20年近くが経ち、HIV感染者が偏見で見られることは少なくなった。現在ルガニスは、オフ・ブロードウェイの俳優として活動したり、LGBTのための幅広い人権活動を行っている。
グレッグ・ルガニスはもちろん存命中だが、不幸にしてエイズで亡くなったHIV感染者も多くいる。

エイズによって亡くなったスポーツ選手といってすぐに思い浮かぶのは、テニスのアーサー・アッシュだ。
1968年全米オープン、1970年全豪オープン、1975年ウィンブルドンで優勝した実績を持ち、アフリカ系アメリカ人として唯一4大大会シングルに優勝した選手だ。
1988年に心臓手術を受け、その際に施された輸血の影響でHIVに感染した。
1992年にエイズ感染を公表、1993年2月6日に49歳で亡くなった。
エイズの公表の際に、たまたまアメリカにいてテレビで会見を見ていた。
人柄のよいアッシュが終始うつむいていたのが印象に残る。

ほかにも何人か著名なスポーツ選手がエイズによって亡くなっているのだが、ことのほかフィギュアスケートの男子の選手が多い。
バンクーバー五輪の男子フィギュアで6位入賞したジョニー・ウィアーが、アトランタ在住の弁護士と同性婚したと報じられた。
ほかにもブライアン・オーサー、ライアン・オメラなど同性愛を公表しているフィギュアの選手・元選手の話は度々耳にする。

1980年代にアメリカでエイズが広がりだした頃、感染者にゲイや麻薬中毒者が多かったことから、感染者に偏見が持たれていたことがある。
亡くなったフィギュアの選手は1980年から90年に亡くなっているケースが多い。
これは偶然か、あるいは必然なのか。

ジャネット・リンに沸いた1972年の札幌五輪、男子シングルに金メダルを獲ったオンドレイ・ネペラ(チェコスロバキア=当時)を始め、3人の五輪メダリストがエイズにより亡くなり、1人の金メダリストがHIV感染を公表している。
また、HIV感染を公表しているサラエボ五輪金メダルのスコット・ハミルトンはゲイであることも公表している。
詳しい統計がある訳ではないが、他の競技に比べてやはり多い。

●エイズで亡くなった(存命中含む)フィギュア選手

・オンドレイ・ネペラ(チェコスロバキア=当時)1972年五輪金メダル 1989年38歳没
・ジョン・カリー(英国)1976年五輪金メダル 1994年44歳没
・デニス・コイ(カナダ)1978年世界Jr金メダル 1987年27歳没
・ブライアン・ポッカー(カナダ)1980年五輪出場 1992年32歳没
・ロバート・ワーゲンホッファー(米国)1982年全米選手権2位 1999年39歳没
・スコット・ハミルトン(米国)1984年五輪金メダル HIV感染を公表
・ロバート・マッコール(カナダ)1988年五輪アイスダンス銅メダリスト 1991年33歳没
・ルディ・ガリンド(米国)1996年世界フィギュア銅メダル K・ヤマグチのペア時代の相手 存命中
・ブライアン・ライト(米国フィギュアスケートの名振付師)2003年没

●エイズで亡くなった他の競技の選手

・アーサー・アッシュ(米国)テニス 1993年49歳没
・グレン・バークGlenn Burke(米国)MLB 1995年42歳没
・エステバン・デ・ヘスス(プエルトリコ)ボクシング世界チャンピオン 1989年37歳没
1976年5月8日、WBC世界ライト級王者ガッツ石松に挑戦し、15回判定勝ちで世界王座を獲得したことで知られる。
・ビル・ゴールズワージー(カナダ)NHL 1996年51歳没
1972年ソビエト対カナダで争われたアイスホッケーのサミットシリーズのカナダ代表。
・マジック・ジョンソン(米国)NBA 存命中
1992年バルセロナ五輪バスケットボール米国代表で金メダル。

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