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back number 『エメラルド』 2020年に彼らを聴くこと

 2020年のJ-POPにおいて、back numberがどのようなスタンスを取るのか、「危険なビーナス」といういつも通り大きなタイアップを抱え、久々にリリースされる新曲やいかに——
 「CDTVライブ!ライブ!」で清水依与吏氏は「完全にモデルチェンジ」と語った。『クリスマスソング』『HAPPY BIRTHDAY』のような楽曲群が、おそらくモデルチェンジ前にあたるのだろう。中高生〜大学生あたりの若者をメインターゲットにしつつ、全年齢を網羅する、それがback numberというグループの在り方だ。では今作『エメラルド』はどの位置に在るのか。確実に言えるのは、メインターゲットが完全に「全年齢」へ移行したということだ。いまだセールスをあげ続けるベストアルバム『アンコール』のリリースから4年、back numberはバンドの掲げた目的に向かって、相変わらず愚直に真摯に進んでいる。


「君が好きだ」じゃ解決できないタイアップ

 back numberは毎度見事に書き下ろしをする。『8年越しの花嫁』が幸せの在り方について究極に突き詰める物語であるならば、『瞬き』を用意し幸せの定義を何度も繰り返した。『青い春』は揺れ動く青春時代の弱さを描いたドラマ『高校入試』の主題歌だった。そんな彼らにこの度課せられたのは、TBS日曜21時のドラマ枠、「日曜劇場」の主題歌という重責だ。何といっても、あの『半沢直樹』の後番組である。まさに全年齢対象だ。なおかつ、原作は東野圭吾。ミステリー×恋愛は、back numberにとっても初めてなのではなかろうか。ミステリーとなると、『クリスマスソング』のように「君が好きだ」と歌うだけでは不適切だ。その時点で謎が解けてしまっているからである。今作『エメラルド』は「わからなさ」を丁寧に紡いだ歌詞となっている。

エメラルドのシャツの奥で煌めく 生身の君の正体を 夢見る僕の切なさよ

 1億点のタイアップだろう。サビ頭のこのフレーズだけで「恋愛×ミステリー」である。流石の一言に尽きる。その他も

僕に聞こえない様に 何か呟いて 星を纏う君には誰も敵わない

 と、手探りで謎だらけの状況を完璧に描写している。

 モデルチェンジとはいうものの、彼ららしさというか清水依与吏氏らしさは残されている。

お好みなら這いつくばって首輪も付けるぜ

 邦楽アーティストで清水依与吏氏以外はこの歌詞を書かない。「恋しいのさ」といったある意味ありふれた表現とぶっ飛んだ表現の混在、丁寧な情景描写、確かにある「僕」と「君」の存在。ロックナンバーであり、かつてのアルバム曲で見せたような攻め攻めの歌詞。確かに、back numberが2020年のシーンにようやく降臨したのだ。そして、「やっていい」幅が確実に広がっている。大御所アーティストに一歩近づいている気がする。

2020年にback numberを聴くこと

 2015年、あの頃、back numberはJ-POPシーンの王者になるやもしれなかった。ポストMr.Children——back numberは『クリスマスソング』の頃そう言われたこともあった。プロデューサーに小林武史がつき、歌われる曲もいわゆる王道J-POP。清水依与吏氏も桜井和寿からの多大な影響について言及していた。それから時が流れ2019年、Official髭男dismが登場した。彼らはストリーミングを中心に人気を集め紅白へと成り上がった。J-POPのシーンにおいてもトラップビートや洋楽然とした歌唱法、R&Bやブラックミュージックを基調とした曲作りが通用することを証明してみせ、それどころかスタンダードなものに変えてしまった(奇しくも、Official髭男dismのプロデューサーに名を連ねるのはback numberを何曲も担当している蔦谷好位置氏だ)。一方でback numberはそういった文脈から距離を置きながら人気を保ってきた。
 ストリーミングの解禁が遅かった。『エメラルド』リリースの1週間前にようやく『MAGIC』のストリーミング解禁が発表されたが、これはアルバムリリースから1年半が経ってからのこと。back numberのファンダムは強固で、三大ドームをあっさり埋めるだけの力があるし、2013年の曲である『高嶺の花子さん』を長らく上位にチャートインさせるだけの力がある。しかしいわゆる「興味の無い層」に届きにくかった。YouTubeのMVも長らくShort Ver.のみの公開であった。「音楽好きの人」による『クリスマスソング』ひいては『シャンデリア』しか聴いていないback numberディスを何度聞いたことだろう。毎度悔しくて仕方ないのである。彼らのback numberに対するディスは『風の強い日』を聴いた人間には絶対にできないものであろうから。back numberが最近冬にテレビ出演しないのも何かの意思を感じてしまうのだ。今の立ち位置なら『クリスマスソング』やると見せかけて『西藤公園』をやれるのではないか。

 「心の一番深いところに寄り添う音楽」は清水依与吏氏がNO MAGICのツアーMCでいつもの如く見ているこちらがハラハラする口調で宣言したback numberの目指すべき場所である。そこに到達するには、ストリーミング解禁ははっきり言って必至だ。愚直なだけじゃ拡散することが難しい時代に不器用さそのままで大丈夫か、と思っていたら、きちんとその展開は用意されていた。この『エメラルド』リリースに至るまでの過程は見事だった。突如MVをフル公開したかと思うと、YouTubeでしか聴けない『水平線』をリリース(音源化して!)。そしてファンクラブ限定配信ライブを行い、サブスク全解禁したかと思うと『エメラルド』の初披露はテレビにて。そしてドラマ初回後に満を辞してストリーミングを含め配信リリース...「モデルチェンジ」は十分に宣言されている。

 2020年、トレンドの音楽が次々に発表されている。Spotifyのランキングには名前も知らない、1、2曲しかリリースをしていないアーティストもランクインする時代だ。そんな中でリリースされたback numberの新曲は、あくまでも彼ららしさと懐かしさが残る、ロックバンドらしい楽曲だった。真面目にやってきたことを信じること、その中にも確実に独自性があること。「かなわなさ」に寄り添えること。一つも変わらず、されど進化して。トラップビートもオートチューンもなくとも、彼らが彼らである高らかな宣言——back number、ここからがきっと面白い。



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