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You Make Me Feel Special

 ひどい寒さに震えた一日だった。頑張って外に出て、久々に心を預けられるかもしれないなと思う人と3回目のデートをした。けれどもあまりの寒さに心まで冷え込んで、本来出そうな言葉が出てこない。先週末の電気工事士実技試験に向けた徹夜や、今週の年末追い込みに伴う遅くまでの残業が響いているのか眠気が止まらない。書店で彼女の「大丈夫」という言葉を「ついて来なくて大丈夫」と誤解し(ほんとうは「もう十分みたよ」という意)、やたら本屋に長居したがる人間になってしまった。せっかくのところを、申し訳ないな、いつからこんなに他者との間に距離ができてしまったのだろう、無邪気に人に心を預けられると最後に信じられたのはいったいいつ頃だっただろうか、それでも誠実でありたいからちゃんと謝る、今日はダメな日だったとちゃんと謝るのだ、言葉にしない言葉は言っていないのと同じとは誰が言った言葉か。これも何かの物語の中の言葉か。本当は寒さじゃなくて、試験が終わってようやく自分の小説に向き合えると思っていざ机に向かってみたら、一つもストーリーが浮かんでこなかった昨日の不安で、心ここにあらずだっただけじゃないのか。目の前に人がいるのにどうして物語なんだ。僕は物語の記し方を忘れ、人への触り方も忘れようとしているというのか。

 人との出会いは希望と絶望に満ちているということを実感した一年だった。思えば多くの場合、辛いことの前には幸せなことがある。自分の人生に他者が介入することは、幸せも不幸も両方生む、そのリスクを孕んでいる。第四四半期の自分は、そのすべてのリスクをも排除しようとして生きていたような気がする。実際東京という街は、一人で生きることを許してくれる。「無口な群衆、息は白く」どれほど人がたくさんいても、彼らは隣を通り過ぎていくだけだ。彼らを呼び止めることで、直接的に呼び止めるわけではなくとも、人間関係は始まる。友情と恋愛の混同を自覚してからは心の置き場がわからない。ずっと恋愛至上主義のような気持ちで生きてきたのにその気持ちは一つも恋愛じゃなかったとしたら。一般的にいわれる恋のトキメキというようなものを一つも感じていなかったとしたら。中学校の性教育(笑えるレベルに教育してないが)の時間で「パートナーに求める条件」を提示しろと言われ「議論できる人」と答えたあの時の自分は結局今も健在で、「そんなの喧嘩になっちゃう」というクラスの誰かの声が一般論だとしたら。実際に喧嘩になって、別れを告げられたのが事実で、それが恋愛じゃないというのならもう自分のどこにも恋心など見当たらないとしたら。それでも誰かと真剣に語り合うことに自分の愛というものが存在するのだと信じる。自分の思いを、言葉をありったけ話してそれを受け止めてくれてありったけの分量で返してくれる、そんな人が果たして存在するのだろうか。いつかそれが叶ったときわけのわからない声を出して泣いてしまうのだろう。でもその時をただただ待っていたら死んでしまうのではないかと思うほど、25年の歳月は重くのしかかってくる。

 優しさだけは心のどこかに残っていてほしいのだ。Homecomingsのワンマンライブに行った。彼らは僕と一緒で、ある程度の期間を京都で過ごしてから東京に出てきている。彼らの眼に京都の街を思う。ギターの福富くんの眼に室町通を浮かべる。畳野さんの柔らかくも意思のはっきりした声に安心感を覚える。優しさに触れるフレーズがたくさん出てくる。優しさはこの一年の自分のテーマ。尖るために誰かをないがしろにしない。すべてを受け入れてみる。すると自分が少し苦しくなる。自分以外の誰かを下げることでいったいどれほど安心を得てきたのだとぞっとする。自分が一番下にいるような気がした。最近はようやく慣れてきて、心の置き所を知ったのだけれども。僕の大好きなback numberは「心の一番奥底に寄り添えるように」歌っているバンドだけれどもHomecomingsはとにかく「優しさ」を信じていて、そこに対する意思がとんでもなく強いバンドだった。福富くんの怒りにも似た感情を受け取る。今の世の中、というか日本の有様に対して彼は明確にキレていた。それに立ち向かうのは「Cakes」や「Here」のような慈愛に満ちた楽曲群で、これはこれですごいのだ、と思った。このライブのライブレポートを読んで、あまりに抽象的すぎてガックリ来る。ラッパーたちがボースティングするように、彼らもまた自分たちの思いを、相当強く示していた。ただの「あったかい」ライブなんかじゃない。都合のいい、耳障りのいいことを愛でるだけでは不十分なことを、彼らはしっかり歌っていた。Homecomings、ますます好きになった。ワンマンはこういう思いになれるからいい。今年一番聴いたアルバムこと「Moving Days」はきっと心の奥底に刻まれることだろう。

 寒さで凍えてベッドで横になっていたら、TWICE公式LINEからメッセージが飛んできた。「東京ドーム2DAYS」の文字が!!!希望めいた感覚が、体の中に蘇っていく。血液が巡っている。変な声が出た。頭の中で「KNOCK KNOCK」が鳴り響く!たまっていた洗い物を始めた。アイドルはすごい。TWICEはすごい。人に絶望しないで済む理由の一つに嘘みたいな話だけれどもTWICEがあるみたいだ。彼女らは誰かと一緒にいること――つまるところメンバーを愛することを徹底して大事にしている。誰かを大事に思うこと、思われることの尊さを描いた「Feel Special」のダヒョンがサナに傘を差すシーンは白眉だ。心の中で死にかけていたいくつものものが蘇る。エッセイだけれども、文章を書く気持ちも復活を遂げた。まだ書ける。まだ楽しい。書くために文章をやっているのではなくてこうやって長文を書き並べていくことが楽しいのだ。何が僕を特別たらしめるのだろう。零れ落ちそうな瞬間を拾おう。世田谷代田から富士山が見えた。半蔵門線を上がってみた渋谷の交差点がフィルムカメラで撮った写真みたいにみえた。まだ景色に心が動く。人にもきっと心は動く。その人の生きてきた何十年を僕は知りたい。


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