見出し画像

パク・ジヒョ『ZONE』

 この日を本当に待ち望んでいた。明確にこの人に光が当たる日、この日を本当に待ち望んでいた。パク・ジヒョはTWICEのリーダーだ。けれど、それが強調される場面は決して多くない。かつて「TWICE ジヒョ」として特集された情熱大陸を思い返したけれど、あれも結局導入のためにMISAMO3人のインタビューが挿入されたりして、ジヒョが一体何がすごくて(実際、何よりもパフォーマンス中の表情管理に長けていると思うのだけれど)、何故TWICEのリーダーに鎮座しているのか、何故Feel Specialの落ちサビはジヒョが歌い、メンバーひとりひとりが彼女に手を添えていき気が付けば千手観音のようになっているのか。何故ハッシュタグ#GodJihyoなんて突拍子もないものが日々ファンの間で使われているのかについて多く語られることはなく、そこにはいかにTWICEを成り立たせるのかという、TWICE史の中でのジヒョが語られていたように思う。

 「ジヒョはすごいのだ」という言説はONCEみながつぶやくので、何となくそうなのだという空気はある。けれどリーダーだからファンが多いかと言うとそうではなく、個人インスタグラムのフォロワーもまだ1,000万人に到達していないメンバーの一人。だからこそど真ん中で光を浴びてほしかった。歌番組で3分歌い続ける彼女を観たかった。彼女が本当にやりたいことなんてわたしにはわからないけれど、あの日ハイタッチ会で見た同い年の女の子、どこか不安気に、それでも力強く笑顔を形成しているあの人、あれをわたしは未だに忘れることができない。あの日以来わたしは接触イベントに行くことを辞めてしまった。それでも適切な距離を取って応援し、待ち受けは基本的に常にパク・ジヒョ。そう、推しについてはいつだって矛盾を抱えるもの。2018年の紅白歌合戦、『BDZ』を天真爛漫な笑顔で踊るひと、なんだこの人、そう思ってから4年半、ジヒョが本当にソロデビューした。アルバムタイトルは『ZONE』。そうだ、わたしはジヒョの断片、おそらくかすかなその一部に触れて、けれどずっとその領域に入り込んだまま、わたしもまた人生のわずかをまた差し出していて、それはつまり足を踏み入れるということ。そこに入ったが最後、なのかそもそも彼女自身がゾーンに入ったようなパフォーマンスを見せるよということなのか。ああ、ジャケットの彼女はルームミラーに映る虚像だ。推すという行為は虚像を愛するということ、というのは【推しの子】であまりに擦られてしまった言説だが、『オリビアを聴きながら』よろしく幻を愛したの…

 MVではジヒョとの存在しない記憶ばかりが再生されている。フィルム調の映像の中で笑う彼女は、彼女と過ごした存在しない記憶を思い起こさせる。正式に推し始めて(ここでいう正式にとは、ONCE JAPANに入会することを言う)4カ月で彼女の熱愛報道が出た時のことを思い出す。カッコよ、と思ったのだった。何よりカッコよかったのは自分のベンツで彼氏の家に向かっていたところをすっぱ抜かれたところ。当時彼女はまだ23歳だ。その年でそれを得る対価に、どれだけのものを差し出してきたのか?そんなことを考えているうちに、わたしはもうジヒョに「天真爛漫」なんて言葉を使えなくなっていた。人一人分体で背負いきれるものなの?そんなわけないでしょう。

 そもそもアイドル文化への親和性が低かったわたしは、ほんとうに推しには人間でいてほしい、だから恋愛なんてして当たり前だし、というスタンスを当時から持っていて、「熱愛報道」その瞬間がいきなり自分の推しを襲ったわけだけれども、抱いたのは単純な憧憬だった。同い年だし。ベンツ。そのときわたしは就職留年でまだ大学生だった。このMVでもジヒョは運転席に座っていて、人生の舵を握っている。

 ほとんどの人が忘れているかもしれないことだがデビュー当初のTWICEはガールクラッシュを標榜していた。ということでウアハゲのMVではストリート系の恰好に身を包み、激しいとされるダンスを踊ったわけだが結局サナの「Shy Shy Shy」がヤバいくらいバズった結果、ガールクラッシュを手放し「かわいい子の隣にかわいい子」を打ち出すようになったわけである。ただ気が付けば彼女らも再契約、アイドル8年目をオーバーしてメンバーのボリューム層はアラサー。次の機軸を打ち出すタイミングでナヨンはあくまでTWICEを標榜する存在として『POP!』を提示した。ナヨンのソロデビューの時にわたしは「TWICEがソロデビューしてる…」という感想を抱いた。それほどまでにナヨンという人はTWICEそのものであった。かわいいのにヘンテコ、そのハチャメチャ、ぶっ壊れに近いところで上品さをも担保している、そのバランス感。TWICE最大の魅力はバランス感覚であるという言説は少し冷めてしまうかもしれないが、それこそがこれほどまでに多くの人を魅了するグループであり続けることができる所以であると思う。

 そのTWICEの中で、ジヒョはピースの一翼を担ってきた側の人だと言える。こういうとき引き合いに出しやすいのはやはり『Feel Special』であるのだが、ジヒョが思い切り傷つき、それでも傷を愛して前に進もうとする姿を演じた直後に、ナヨンがそれらをすべて光に昇華してしまうという場面。TWICEとして受け取られるのはおそらく後者のパフォーマンスなのであろうが、このときジヒョはジヒョなのだ。God Jihyoなわけである。そんな彼女が「ソロデビュー」という名目を与えられ、まあMVで疑似恋愛してくださいよ、と言われて与えられたタイトルが『Killin' Me Good』なわけである。まあ、タイトル曲こそ与えられたものであるものの、このアルバムのほとんどは彼女がシンガーソングライターとして取り組んだものであるのだということが何より特筆すべきことだとここに記しておく。

 ほんとうに歌がうまいね。楽しそうに歌うね。どうかこれからも歌うことが大好きであってね。ジヒョは昔「マイク」というニックネームがあって、それは声がものすごく大きいからだった。その芯がしっかり残ったままソロデビューしているものだから、タイトル曲のAメロの歌唱を聴いたときにウルっときた。まず、名刺代わりに彼女が差し出したのはその大きな声だったのだ。すごくいいと思う。ソロデビューして良かったと思う。ナヨンやMISAMOにしてもそうだったが"1st" Mini Albumと銘打たれているのもいい。これは一度きりのお楽しみではない。彼女たちが積み重ねた結果の必然。

 ほんとうにこの日が来て良かった。K-POPのアイドルの多くはキャリアの黎明期で「歌手になる」ことが夢だと口にする。この「歌手」という表現については和訳の都合もあるかもしれないけれど、彼女は改めて歌手になったのだと思う。ジヒョはすごいんだから、と言わずとも街中で彼女だけが歌う曲が再生されている。これだけでわたしはもう、しばらく生きていけるだろう。そして彼女の人生も、むろんまだまだ続いていくはずだ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?