息子の話

 実は生後三ヶ月の息子が先天性の心疾患を患いまして。ほとんど誰にも言ってなかったのですが、心臓に穴が空いているそうな。

 1月7日、息子が生まれた当日から「心雑音がするから大きい病院で診てもらう必要がある」との先生のお見立て。なんでもドクン・ドクンという心臓の音の他に、紙をへしゃげた様なカサカサ音がするらしい。夜勤の看護師さんが「心雑音があっても自然治癒する時もあるから、まだなんともいえないね」なんて仰ってくださいましたが、「うーん、そうやって自然治癒したらすごくいいなぁ」という淡い期待は良い方向へ向かう祈りとしては不十分だったようです。

 まぁ確かに上の子に比べると圧倒的に喋らないし、お乳を飲まない。呼吸もなんだかずっと苦しそうで、小さなお腹をこれでもかという位に上下させて常に深呼吸をしているみたい。実際に退院して家で暮らし始めても、体重の増え方が非常に芳しくない。上の子が生まれた時に子育てサポートセンターの職員さんが「幼児期は毎日30~40グラムずつ体重が増えていくのが理想です。イメージとしてはパカッと毎日卵を落としていく感じですかね。」と仰ってたのを思い出す。しかし息子の体重は30グラムずつ増えるどころか、むしろ連日減ってしまう時もあって、お嫁ちゃんはグラム単位で測定できる幼児用の精密体重計を買った。たくさん飲めたと思って喜んでも、消化できる体力が無いのか全て吐いちゃう事も沢山あって、お嫁ちゃんがひどく落胆したり、夜な夜な布団カバーを交換したり、慌ただしくするわたしたちに娘が不安になるのか夜泣きが突然きつくなる時もあったりした。そうやって急に増えていく洗濯物の数は、そのままこの先の積もりゆく不安に似てた気がする。

 大きな病院で検査をして頂いた所、心室中隔欠損症という診断になった。心臓に穴があく症例には穴の場所によっていくつか種類があって、その中でも割とややこしい所に大きな穴が空いていて、間違いなく外科手術が必要になるケースとのこと。先生が症状をわかりやすく詳しく説明してくださったのですが、右心房とか左心房とか、うっすら記憶に残っている小学生の頃の勉強内容がこういう形で役に立つ時もあるのだなと思ったりした。手術をしない場合の10年間生存率は30%。でも手術をして術後の治療が落ち着けば、その後の生活はほとんど健常者と変わらないとのこと。つまり手術をしないという選択肢は、確実にありえない。そんな話を聞いて、現代医学、すげぇ。江戸時代に生まれてたら助かってなかったんだろうなぁと、近頃はひたすら落語に深く傾倒するわたしはそんな事を思ったりした。

 でもだからといって「はい、そうですか、じゃぁ手術をします、ほい、いっちょあがり」という簡単な話ではなく、事前に検査やカテーテル手術などの通院が続いた。上の子である娘がどこからか拾ってきた風邪がガッツリ感染って咳が止まらなくなったり、発熱をしたり。そうやってこのご時世に「同居する家族に風邪をひいている人がいる」という要素は病院にとっても非常にやっかいだったみたいで、検査が延期になったり、入院が延期になったり、予定が非常に右往左往した。朝早く起きて娘の園の支度をして園に行って、病院に行って昼過ぎには帰れるつもりが夜まで帰れなかったり、検査が長引いてバスで園に行くやらタクシーで園に行くやら。わたしとお嫁ちゃんの予定を照らし合わせながらも、想定外に娘の風邪がぶりかえして園をお休みして、「マジ、これどうする??詰んだ??」っていう時もあったりなんだり。

 でも、そうやって色々あったけれども、なんだかんだで結果的に無事に入院をする事が出来た。息子に風邪の症状が軽く残ってしまってたので、もしかしたら手術は延期になるかもしれない、当日の早朝の判断になるとかそういう事になってたけど、朝7時半に病院に行ったら手術は決行になったとの事。延期をして様子見をしてしまうと、連休の兼ね合いなどで2週間くらい手術を先延ばしをせざるを得なく、かといって今の息子の症状を鑑みるにそこまで悠長な話ではない。多少のリスクがあったとしてそれはやむを得ない、みたいな事が話を聞くにあったみたいです。手術の日は27日でした。よく晴れた日。手術は14時頃に終わるとの事だったので、わたしは翌日のライブに向けて、ここしばらく全く出来てなかったギターの練習をここぞとばかりにずっとしてました。わたしに出来る事は「練習」かなと思ったので。

 14時ジャストにお嫁ちゃんから「終わったって!!」との連絡。すぐにギターを車に戻して小児集中治療室、PICUへ。待機室みたいな所に案内され、次の指示をひたすらに待つ。

 前日、26日の入院の時に手術を執刀してくださる先生から直接、手術の内容の説明があった。説明を聞いて、沢山の同意書や誓約書にサインをした。その時に聞いた手術内容を凄く簡単にいうと、1~2時間掛けて麻酔をして、心肺装置に繋いで心臓から血を抜き、呼吸も止まるので人工呼吸器にも繋ぎ、胸を切って開いて、あばら骨をパカッと切って割って、心臓を見える状態にし、心臓内部に穴が2箇所あるので、片方はパッチを縫い付け、片方はゴアテックスで直接縫い付けます、との事。「え、まじで!?そんな事できんの!?」とわたしはとにかくひきりなしに感激・萎縮してしまった。

 そういった一連の処置が実際に終わり、術後に異常が無いか、何人もの先生が見守ってくださっているそうだ。「あそこに今いますよ」と案内の人が言ってくれたずっと向こうのベッドには確かに5人くらいの先生が周りを囲んでくださってる。10分、20分、30分と時間が経つにつれて、先生方は一人、二人と息子のベッドを後にする。それは術後の経過が良好な証拠だというのはなんとなく自然とわかった。

 50分くらい経ったかなという頃、執刀してくださった先生が来てくださり、「手術はうまくいきましたよ。思ったよりもかなり大きな穴でした。術後は順調で今のところは問題ありません。質問はありますか?」と仰ってくださる。そんな先生の様子・出で立ちは昨日とはうってかわり、目の下に大きなクマ。正に「長時間の集中を重ねて精根尽き果てた人間」の顔だった。本当にありがたい。執刀してくださった先生に本当に感謝。そして現代医学にも本当に感謝。

 PICUでは両親揃って息子に面会する事は出来ず、必ずひとりずつ。制限時間はトータルで10分。だから母親5分、父親5分みたいに配分する家族がほとんどだそう。部屋に入ってから70分ほど経った頃に案内の人が「そろそろ面会大丈夫です。お一人ずつどうぞ。」とのお声掛け。どちらかというと、わたしはお嫁ちゃんに息子とできるだけ一緒にいてもらって、安心してもらった方がなにかと良いかなと思ってたので「もしよかったらわたしは面会(しなくても)大丈夫だよ、お嫁ちゃん行ってきて。」と伝えてたけど、お嫁ちゃんは安心した顔で部屋に戻ってきて「ほな、かつさん、いってきたって。」と。

 案内の方からも「お父さんも大丈夫ですよ。どうぞ。」とご案内頂いたので息子のベッド横へ。なんかドラマとか映画とかで見たことある様な「THE病院」という雰囲気に圧倒されながら、どこか居心地の悪い足取りを進める。

 ベッドには昨日の朝まで普通に自宅にいた息子が横たわってて、当然だけど、胸を開いたので胸には大きく真っ赤な傷跡。鼻、口、腕、いろんな所に管が通って、全くわからない大掛かりな機械がベッドを囲んでた。

 「なんだ、これは。」っていうのが正直な気持ちだった。わたしの全く知らない世界を、生まれたばかりの息子は懸命に生きてくれている。

 理由はわからず、なんだか凄く泣けてきてしまった。案内の方が「大丈夫ですよ、今寝てるだけで痛くないですし、順調ですから。かわいそうじゃないですよ。」と仰ってくださった。そう言われてわたしから何かを喋ろうと思っても、どうにも胸が突っかえてしまって、うまく喋る事が出来ない。「いや、かわいそうとかじゃなくて、不安だとかじゃなくて、すげー頑張ってるんだなって思うと、どうにも泣けてしまいまして。これからしばらくよろしくお願いします。ありがとうございます。」と、2分くらいかけて伝えた。部屋に戻るとお嫁ちゃんが「かつさん、絶対泣いて戻ってくると思った。優しいお父さんだね。」なんて言ってくれた。どうなんだろう、わたしは優しい人になれているのだろうか。自分でも涙の意味がわからなかった。

 わたしはそのあと、18時から町田で別件があったので、一足先にバスで帰宅した。一旦シャワーを浴びて、髭を剃り、着替えて、町田へ行き、「夜はゆっくりしてきていいよ」とお嫁ちゃんが言ってくれるので、せっかくだからと馴染みの店に何件か寄って、帰宅。

 そのあとの息子は良好。4月30日にPICUから小児一般病棟に移ったとの事。退院はまだだけど、また家族4人で暮らすのがとても楽しみ。心配な気持ちとか、不安な気持ちもいっぱいあるけれども、とにかく楽しみな気持ちがいっぱい。息子は息子ですげぇ頑張っているので、わたしもわたしに出来る事をもっともっと頑張らなければ。なんて思うこの頃です。

 自分自身が凄く不安になりながらも、不安になっちゃダメだとか、もっとしっかりしなきゃとか葛藤の気持ちに苛まれながら、限界の三歩向こうまで頑張ってくれているお嫁ちゃんに感謝。言葉数や意思疎通がとっても上手になって、拗ねたり、ふてくされたりする事が上手になっても、ひたむきに笑顔を振りまいて、甘えてきてくれる娘ちゃんに感謝。わたしの知らない所で沢山痛い思いをしたり、不安な思いをしたり、寂しかったり、そんな中でも沢山頑張ってくれている息子に感謝。

 わたしもわたしに出来る事を今以上に邁進せねばいかん。頑張ろう、頑張ろう。もっともっと、頑張ろう。うん、頑張ろう。


 おわり

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