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なぜ日本は「自殺」の多い社会なのか

■日本における「自殺」の現状
 現代日本における「自殺」の実態を、みなさんはどのていどご存じでしょうか。例えば、他の国々と比べ、日本では自殺者が多いのか少ないのか。日本国内ではどのくらいの人が自殺で亡くなっていて、またそれはどういう年齢層や地域で多いのか。そもそもなぜ、彼(女)らは自死を選ばなければならなかったのか。
 自殺については厚生労働省や警察庁が統計データを公表しています。まず、日本は国際社会のなかでも自殺率が高い国となっています。WHO(世界保健機関)によれば、自殺率[2016年]は多い順にロシア、韓国、ラトビア、ベルギー、ハンガリー、スロベニアときて、7位が日本。G7諸国では1位となります。
 国内での自殺者の総数は、かつては年間3万人を超える時期――自殺対策NPO「ライフリンク」はこれを「自殺者三万人社会」として問題化していきました――が15年近く続いていましたが、2012年以降減少傾向にあり、現在は2万人弱となっています(ただし20年以降のコロナ禍で再び増加に転じています)。
 年齢・性別でいうと、多いのは中高年男性です。「あれ、10代の若者が多いんじゃないの?」と思った方がいるかもしれません。メディアでの「10代は自殺が最多」といった報道から誤解が生まれているのではないかと思いますが、あれは、死因別で見たとき10代で最も多いのが自殺ということなのです。
 地域別でみるとどうでしょうか。自殺の多さで有名なのは秋田県ですが、自殺者数が最も多いのは東京都。総数としては人口の多さに連動します。秋田県のそれは自殺率で、自殺率が際立って高いのは秋田県を含む北東北三県、ほかには新潟県・島根県・高知県などがそれにあたります。要は、東北や裏日本です。
 自殺に至る要因でいちばん多いのは健康問題、具体的には「うつ」とされていますが、中高年男性で、かつ地方で自殺率が高いとなれば、その背景には労働の過酷さや保守的風土といった問題があるであろうことは想像がつきます。職場がブラックでつらくても規範ゆえに逃げられず追い込まれる、という経路です。
 
■人を「自殺」へ追いやる社会のメカニズム
 より詳しくは、ぜひ直接統計データにあたってみてください。こうした自殺の実態は、いまではずいぶん多くの人びとに知られるようになっています。でも、かつては決してそうではなく、「自殺は自己責任」「本人の選択なのだから尊重すべき」といった言説が当然のように語られていた時期もありました。
 そうした規範が変化し、現在は、政府が「自殺」を社会問題と捉え「自殺対策」を行う時代になっています。もちろんそれはソーシャル・アクションの結果で、それを担ったのが自殺対策NPO「ライフリンク」(2004年設立)でした。彼(女)らの運動は「自殺対策基本法」(2006年)へと結実しました。
 はじまりは、当時30代の若きテレビマンだった清水康之さんが自死遺児たちを支える「あしなが育英会」の番組づくりでこの問題と出会ったこと。彼はそのまま現場にとどまり、テレビの世界から支援の世界に転身。そうして生まれたのが「ライフリンク」でした。彼らはまずさまざまなデータからこの問題に迫ります。
 彼らが「自殺者3万人社会」と呼ぶ異常な状態は、1998年3月から始まりました。バブル後の低迷する消費が上向きかけた97年、政府の消費税増税によりそれが急速に冷え込み、銀行ならびにそこに依存する大企業、その下請け企業などが次々に連鎖倒産。企業福祉を失った人びとが自死を選んでいったのです。
 「ライフリンク」は、自殺で亡くなった1000件のケースをそれぞれ検討し、そのビッグデータから彼(女)らが自死に至る経路(危機経路)のパターンを抽出していきました。見えてきたのは、業績不良などで職場環境が悪化、借金が増え、家族が不和になり、その果てにうつを発症する…といった流れでした。
 懸命に生きている人びとが、背負いきれない重荷を負わされ、追い込まれていく現状。彼(女)らは何とか生きたいと願い、相談窓口に助けを求めますがそれは助けにならず、結局は自死へと追いやられる。これが自殺急増の背景でした。自殺というより「社会的強迫死」――これが「ライフリンク」の結論でした。
 
■「ライフリンク」のとりくみ
 そうした実態から明らかなように、自殺は「自己責任」でも「本人の選択」でもありません。社会のしくみが本当は「生きたい」と思っているその人の意思をくじき、「もう死ぬしかない」というところまで追い込んでいく。だとしたら、その社会のしくみに介入し、自殺を生むメカニズムを解除しなければなりません。
 「ライフリンク」はまず、困難を抱えた人びとが適切な支援につながれるよう――「たらいまわし」に遭うことのないよう――ケータイから簡単にアクセスできるポータルサイトをつくり、悩みごとの内容や地域からそれに合った相談窓口を検索できるようにしました。「いのちと暮らしの相談ナビ」というサイトです。
 また彼らは、内閣府とも連携し、自殺予防の啓発キャンペーンを行い、全国各地でその新しい規範――生きづらくても死ななくてすむ社会へ――を普及していきました。その際のキャンペーンソングが、ワカバ[福祉系専門学校の同級生三人によるJ-POPユニット]の「あかり」(2010年)という楽曲です。
 みなさんにはぜひこの楽曲のPV(ドネーション・ミュージック版)を観ていただければと思います。そこでは、人が自分をとりまく社会のなかで傷つき、孤立して無力となり、やがて見えない存在へと陥っていくプロセスとその逆とがそれぞれとても説得的に、シンプルなアニメーションで表現されています。
 このプロセスは、精神科医の中井久夫さんがその論文「いじめの政治学」(1997年)にて、①孤立化、②無力化、③透明化として描いたものと重なります。「あかり」のPVでは、主人公がそうした負のスパイラルから抜け出す道すじ――①つながり、②エンパワメント、③可視化――もまた描かれています。
 回復の過程で重要な役割を担うのが、ゲートキーパー[誰かのSOSに気づき、スルーせずそれに応え、手をさしのべる人のこと]です。自殺を減らしていくには、このゲートキーパーを社会のあちこちに増やしていくほかありません。彼(女)らが「聞く耳」となり、拾った声を適切な支援に媒介していくのです。
 
■ひろがる自殺対策
 「ライフリンク」が当事者から受け取り、行政や社会へと媒介したそのバトンは、やがて後続のさまざまな市民活動・ソーシャルビジネス・研究活動などに引き継がれ、自殺対策の広範なる裾野が形づくられていきました。以下では、その主だったものを紹介していきます。
 まずは、10代というリスク・グループに特化した自殺対策のとりくみとして、NPO「ストップいじめ!ナビ」(2014年設立)があります。「9月1日」(多くの地域で二学期が始まるこの日は自殺が年間最多)を生きのびてもらうためのキャンペーンなど、エビデンスに基づくさまざまなとりくみを行っています。
 研究からのユニークな貢献もあります。岡檀さんの「自殺稀少地域」に関する一連の研究です。彼女は全国各地の統計から顕著に自殺率が低い市町村を調べ出し、その街――高知県海部町――の現地調査を行って「自殺予防因子」を明らかにしています。例えば、多様性への寛容さがその一つとしてあげられています。
 また、自殺者の背後には膨大な数のご遺族の方たちが存在します。それが(親を亡くした)子どもたちである場合には、彼(女)らのその後をどう支えていくかが課題となります。先にもあげた「あしなが育英会」が1967年より当事者の立場から遺児支援の諸活動(奨学金、教育支援、心のケアなど)を行っています。
 経済的な課題だけではありません。大切な誰かを亡くしたとき、遺された人にはさまざまな悲嘆(グリーフ)が訪れますが、自死の場合それを口にできる場が乏しく、つらさが続きがちです。このため、グリーフケアやそれが生まれる場をつくる試みが、各地の宗教者や自死遺族のピアグループによって行われています。
 現代日本の「自殺多発社会」の根底には〈社会的なもの〉の欠如があります。〈社会的なもの〉とは平等や連帯への志向のこと。他者の苦しみに目をつぶり自身のそれはひとり黙って受忍する、そんな私たちの残念な社会に〈社会的なもの〉を回復するためのレッスンというのが、上記の諸実践の意味なのだと思います。

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