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「現代アート」をどう読むか?――アメリア・アレナス[福のり子訳]『なぜ、これがアートなの?』 (淡交社、1998年)評

わけのわからないもの、難解でどう見たらよいかが自明でない――そんなイメージに覆われ、謎めいたジャンルとして了解されている「現代アート」。近年はそれが、美術館という囲いを超え出て地域や社会に氾濫するようになったこともあり、従来以上に多くの人の目にとまるようになり、上記の困惑が大衆化されるようになってきた。

人びとのそうしたニーズに対し、「いやいや、アートとは作品と鑑賞者のあいだに成立するものだから、自由に観ていいんですよ。あなたはどう観ましたか」といったアプローチも可能だが、本書はそれとは異なるかまえを採用する。「では、ひとつひとつの作品を、それがおかれた文脈や背景との相関においてじっくり観賞し、理解していきましょう」というのがこの本のスタンスだ。

著者は、ニューヨーク近代美術館(MoMA)でさまざまな人びとに対する美術教育の実践を行ってきた専門家。何度も来日し、各地でセミナーを開催して反響を呼んできた。本書は、そんな彼女が日本の読者向けに書き下ろした現代アート入門だ。実際にさまざまな作品をとりあげ、詳細かつ丁寧に読み解いていくもので、実際にセミナーに参加している感覚を得られる。

実際に取り上げられているのは、ルネ・マグリット「無謀な企て」やマルセル・デュシャン「泉」、ヴィンセント・ファン・ゴッホ「靴」、カジミール・マレーヴィチ「シュプレマティズム」、森村泰昌「肖像(双子)」、アンディ・ウォーホル「マリリン」など、69点の現代アート。各作品がカラーの図版で示され、極めて不完全なかたちであるとはいえ、作品を参照しながら読めるのがありがたい。

順にみていくと、それぞれの作品が、当時の時代や社会の文脈に対する反応や抵抗を表現しているものであることがよくわかる(例えば、美術/美術館という制度そのものに対する問題提起として「泉」はあり、白人男性に占有されてきた西洋美術へのパロディとして「肖像(双子)」はある)。そうした意味の読解なくして、「現代アート」を十全に享受することは不可能であろう。

もちろんそれは「現代アート」に限らない。本書で鍛えられた目は、その他のさまざまな表現に対しても適用可能で、それはきっと私たちに、これまでになかったような観賞体験や解釈実践をもたらしてくれるだろう。「なぜ?」を問うことそれ自体のうちに「現代アート」という営みの核心が宿っている。そのことを、本書は極めて平易かつ説得的に私たちに体感させてくれる。(了)

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