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庄内をめぐる――「東北の春」に向けて(11)

相変わらず、地方都市めぐりのスタディツアーを続けている。夏から秋にかけては、庄内地方(おもに鶴岡市)を何度か出かけてきた。一度目は、〈羽黒山 斎館・五重塔〉〈鶴ヶ岡城城址公園〉〈致道館〉などを、二度目は〈六十里越街道〉沿いを往復し〈致道博物館〉〈梵字川渓谷〉〈大日坊瀧水寺〉〈注連寺〉〈湯殿山神社〉、三度目は街道沿いの積み残し〈旧本道寺〉〈旧大日寺〉をめぐってきた。

鶴岡市は、筆者のくらす山形市から自動車で約二時間の距離。筆者は2006年より6年間、鶴岡市にある大学院に通っていたし、今年度からは同校の非常勤講師として講義を担当もしているので、鶴岡はそれなりになじみのある場所なのだが、通っているものの往復しているだけだし、街をちゃんと歩いたこともなかったわけで、何をいまさらという感じではあるが、行ってみることにしたのだ。



そもそも今回のツアーはどういうものか。山形県は「左を向いた人の横顔」のかたちをしているが、庄内地方はその眼窩から額、鼻筋のあたりに広がる平野である。他には、顎にあたる置賜盆地、頬にあたる山形盆地、こめかみの最上盆地があり、それらを最上川が反時計まわりに貫流してつなげているまとまりが山形県である。そしてその最上川に注ぐ支流の水源、時計の中心に〈月山〉がある。

この〈月山〉に峰続きの〈羽黒山〉〈湯殿山〉を加えたものが〈出羽三山〉だ。山岳修験の霊場であるとともに、山岳信仰の対象として、中世以来「西の伊勢参り、東の奥参り」とよばれる聖地巡礼の人びとを全国から数多く受け入れてきた。この三山の南麓を通り、山形盆地と庄内平野をつなぐショートカット・ルートが〈六十里越街道〉である。今回のツアーはこの巡礼の道をたどる旅だった。

巡礼の道のスタディツアーなので、目的は「出羽三山の総奥の院」とされる〈湯殿山神社本宮〉とした。麓の大鳥居にたどりついたのは10月末の日曜の夕刻。11月には閉山ゆえ、ぎりぎり間に合ったことになる。上りの最終バスに飛び乗り、本宮へ。撮影禁止の立札の先、石の階段をしばらくのぼり、窪地のような一角へ。そこからは裸足になり、ご神体(温泉のわき出る大岩=湯殿)へと赴く。

40年以上山形にくらしてきて初めての〈湯殿山〉体験。このような参拝や信仰のありかたが1,000年以上も続いてきたのかと感慨深く、立ち去りがたくもあったが、気づけば辺りはすでに薄暗く、空気も冷たく、人気もなくなり、もとに戻れなくなるような気がして、下りの最終バスを待たずに、徒歩で大鳥居のある参籠所まで降りた。眼下に広がる〈梵字川〉流域の風景が印象に残っている。

ツアーの前後、あちこちで集めた観光パンフや郷土資料などを読み、〈湯殿山〉信仰と〈六十里越〉についての基本知識を得たことで、新たにわかったことがある。庄内通いの道中、常々〈口之宮湯殿山神社〉というのが気になっていた。国道112号を鶴岡方面に向かう道すがら、西川町本道寺、寒河江ダムのちょっと手前にあるのだが、あれは何だろうと思いながらずっと素通りしてきた。

今回改めて調べてみて、これが〈湯殿山〉にいたる四つのゲートである湯殿山別当(寺社業務の管轄者)の「真言四カ寺」のひとつ、旧〈本道寺〉の跡地であることがわかった(〈出羽三山〉への登拝口を「八方七口」と呼ぶが、そのうちの四つの登り口――村山側の〈本道寺口〉〈大井沢口〉、庄内側の〈大網口〉〈七五三掛口〉――のそれぞれにある別当寺が、〈本道寺〉〈大日寺〉〈大日坊〉〈注連寺〉)。

今回は、実際にこの真言宗の四ケ寺をもそれぞれ訪れてみた。明治の廃仏毀釈の際も節を曲げず寺院であることを貫いた大網の〈大日坊〉と七五三掛の〈注連寺〉に対し、保土内の〈本道寺〉と大井沢の〈大日寺〉は神社化し、それぞれ〈口の宮湯殿山神社〉、〈大井沢湯殿山神社〉となった。後者二社は、どちらもその後大火にあい、現在はわずかな建物が静かな山中にひっそりと残るばかりだ。



ふだん、普通に通り過ぎていただけのまちや地域を歩いてみて、そのそれぞれに意味や来歴があるという当たり前の事実に、そしてその面白さに、改めて気づくことができた。意味がわかってくると、ただの地名でさえもがミステリーやロマンをはらんだ何かとして立ち現われてくる。街中にあふれる、これまで見ているようで見えていなかったさまざまなサインにも気づけるようにもなった。

さて、こうした「地域」「まち」の現われとそれらとの出会いは、果たして筆者にのみ固有の体験なのだろうか。『ブラタモリ』が人気を博し、各地でまちあるき企画が試みられているという現在、それは、何らかの大衆的基盤をもつ時代の文化であるような気もしている。そうした地理的・空間的なものへの志向が何であるのか、そんなことをも考えながら、スタディツアーを続けていきたい。

(『みちのく春秋』2016年冬号 所収)

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