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甘夏みたいな恋をしたい

「お前じゃあなぁ」「ごめんよぉ私でぇ」
俺と彼女は幼馴染だ。みんな付き合ってると思ってるけど実は付き合っていない。
しかしそんな俺たち二人は俺の爺ちゃんの家に遊びに行くことになった。
そこは人間界の限界集落で、妖怪が、ちがったこれはばあちゃんだよ。
それで夏祭りをしたり、魚釣りをしたり、サワガニやセミを採ったり……
まるで子供みたいに遊んで歩いた。
そして最終日、目を見張るような海へ沈む夕日を二人で見る。
「こ、こういうのもいいかもね」「ああ」


■第1話 新幹線に乗って

「生成AIの未来の創造?」
「うん」
「なんかかっこつけ」
「うぐう」

 分かっている。なんかカッコよさげなタイトルをつけたかった。
 僕は遠藤秀介、16歳高校一年生。
 でもってこっちは向日葵明日香。同い年。というか幼馴染。

「でさ、あのねAIに萌えとかわかるかって話」
「なにそれ、あぁもう知らないわよ」
「だよな」

 俺と幼馴染、世間では付き合っていることになっているが、実は付き合っていない。
 確かに毎日一緒に登校して一緒に下校して、一緒に勉強したりしている。
 でもそれは便利だからだ。そのほうが生活が楽なのだ。
 俺はAIとか科学が好きで、彼女は自然崇拝の感情派。
 意見が合う訳もなく、趣味が合う訳でもない。
 俺は海外SF映画が見たいのに、彼女は邦題恋愛のべた甘いのがお好きとまあ、そりゃ反りは合わない。

「それで?」
「あぁ、この夏休みのお盆、実家のじいちゃんちへ帰るんだが、じいちゃんが『わしが死ぬ前に明日香を連れてこい。もう持たん』ってうるさくて」
「おじいちゃんね、昔一緒によく行ったもんね」
「じいちゃん。まだ俺たちが結婚すると思ってんだよ」
「だろなぁ。むかしラブラブだったもんね、私たち」
「あぁ、くっそ、そうだったよな」

 二人して遠くを見つめる。
 俺たちはもうとっくに相手に醒めてしまっていた。
 なんだろう、明日香は飛び切りの美少女だけど、もう見飽きた。
 内面は普通。悪くはないが、いまさらドキドキもしない。
 彼女だってこんな底辺這ってる俺に好意なんか持ってないだろうし。

「さてどうしたもんか」
「一緒に行った方がいいよね。さすがに死んじゃったら……」
「だよな。まあ連れてったら満足するだろうし」

 というような話をして、夏休み。
 さっそく新幹線で移動だ。

 予約した新幹線の二人席のシートに座る。

「カフェオレでいいか?」
「あ、買ってきてくれてたんだ。さんきゅ」
「ああ」

 明日香は甘いカフェオレが好きだ。
 俺はジンジャーエール。
 あらかじめ時間もなかったのでコンビニで買っておいた。

「こういっちゃなんだけど、持つべきは何でも知ってる幼馴染だよね」
「だな」
「彼氏とかもう、幻想だし」
「まあ、そう言われるとムカつくけどな」
「だよね。ごめんぴょ。カフェオレ……ありがと」
「おお」

 別に怒ってはない。あははと笑って過ごす。

 新幹線は混雑しているが冷房が効いている。
 白い夏ワンピースの明日香は肩が出ていて、こういうのなんていんだっけ、オープンショルダーだったか。

「なに、なんかついてる?」
「幽霊とかか?」
「え?」
「え?」
「怖い」
「いや、なんもついてないよ」
「なんだ、もう」

 明日香が唇を尖らせてアヒルにする。
 なんだかこういう子供っぽい顔をするのは久しぶりな気がする。
 学校じゃあいい所のお嬢様だと思われてるからな。学校一の美少女とかもてはやされて。
 対する俺はモブ1で、誰からも相手にされない。
 いや、明日香は相手してくれるが、男も女も寄ってこない。
 それで付き合ってると思われてるわけだ。
 んで風当たりが非常に強いと。

『なんで、あいつ「なんか」が明日香さんの横に』
『似合わねえんだよ、底辺がさぁ』

 悪口はいろいろ言われる。もちろん直接言ってくることはない。
 あと明日香の前で言うこともない。なぜなら過去に明日香がそれでキレたことがあるからだ。
 それで余計、俺たちの仲が深いということになったわけだけども。
 いや、あれ以降、目立った場所では言われなくはなった。
 ただのモブとして確立したのだ。

「アイスとか食べたかったよね?」
「あの硬い奴か?」
「うん」
「二人の愛でラブラブして溶かす、とかだよな、勘弁」
「そうだっけ、えへへ」

 たまにちょっと天然なところもある明日香はペロっと舌を出して誤魔化す。
 そのひとつひとつがかわいいからな、俺はもう慣れ切ってしまっているが、初見でこれだったら「一発で落ちてる」自信がある。

「またスマホ?」
「ああ、新作を書かないとな」
「小説? 飽きないの?」
「おう、毎回違うの書いてるからな、当たり前だけど」
「そうなんだ。見せてもらってもいい?」
「だめ」
「けち」
「明日香、これ見たら、興奮して眠れないぞ」
「えっそんなの書いてるの?」
「どんな想像してんだよ」
「ひっ、見せないで」
「まあいい」

 ちなみに男女の恋愛小説だが普通に健全ものだ。
 ただ、な、あ、うん。
 ヒロインが明日香そっくりなんだ。
 俺の仲ではヒロイン、イコール明日香とインプリンティングされている。
 もうこれは俺の常識で性癖なのだろう。
 だが現実と理想は異なる。
 でも読んだら100%自分がネタだって分かるだろう。
 そんなもの……読ませられるわけがない。

 とまあ予約席だったので普通に目的の駅に到着した。
 さてじいちゃんが迎えに来るはずだが……。

■第2話 軽自動車は狭い

 じいちゃんの軽自動車が駅にやってきた。
「おぉぉ、秀介、明日香ちゃん、乗って乗って」
「こんにちは」
「こんにちは。おじゃまします」

 俺たちは二人で後部座席に乗る。

「んじゃ出すぞ」

 片方から乗ったので、奥に詰める。
 その際に手が重なって、触ってしまう。

「わるい」
「別にいいって」
「そか」

 明日香の手のぬくもり。
 なんだか懐かしいな。
 小さい頃は本当に小さな手をふたりでつないで、ずっと走り回った。

 軽自動車は駅前のビル群を抜けると、すぐに田舎町の風景になり、次第に家もまばらになっていく。
 そうして道を進んでいき、山間を登っていく。

「あっ、んん」
「ごめん」
「だから、いいって」
「すまん」
「もう、じゃあ手握っててよ」
「いいぞ」

 二人で手を握る。
 山道は思った以上に左右に揺れて、安定感が悪い。
 体が左右に揺れて、何回も当たる。
 明日香は少し不安だったのだろう。
 俺と手をつないでそれを誤魔化そうとしているようだった。

「こんなに山の中だっけ、ねえ秀ちゃん」
「そうだな。小さいときは寝てたから知らないんじゃないの?」
「そっか、なるほど」

 ふむふむ、と言いながらスギ林を眺めている。
 この辺りも昔に植林して全部スギ林にしてしまった。
 花粉症の元だ。
 幸い俺たちはまだ大丈夫だが、両親は花粉症がある。

 明日香の手がたまににぎにぎしてきてなんだかかわいい。
 力が入ったり、抜けたりするのだ。
 本人に自覚はないのだろうけど、なんだか子供みたいで。

「どうしたの?」
「うんにゃ」
「そう」

 まあ誤魔化しておこう。
 同い年だけど、明日香はたまにお姉さんぶりたい歳ごろみたいだしな。

 広い奥へ抜ける国道から逸れて、結構な山道へと入っていく。
 国道に沿って川が流れているので、橋を渡る。

「いい雰囲気の橋だね」
「コンクリートだけど、けっこう古い」
「だよね、耐震とか」
「それは今、予算がないんだと」
「へぇ」

 コンクリート橋を渡り、反対側へ行くと、さらに山を登る。
 そして少し入ったところがじいちゃんちの集落だった。

 最後なんて本当に道が細くてひやひやした。

「ついたー」
「お、おう。おつかれ」

 明日香が両手を挙げて伸びをする。
 笑顔がまぶしい。
 見慣れているとはいえ、常人だったら惚れてしまいそうだ。

「おっきくなったなぁ」
「いえいえ」
「あはは」
「それに、明日香ちゃん、えらい別嬪になってまぁ」
「えへへ」

 まんざらでもなさそうにえへへと笑う。
 学校一の美少女と言われていることくらい本人も自覚している。
 否定するのも変だし、まあ照れるしかないだろうな。

 駐車場の周りには家があって、段々畑が広がっている。

「これ夏ミカンかな?」
「これは甘夏だよぉ」
「おじいちゃん、なるほど、ありがとう」
「へいへぇぃ」

 お礼を言われたおじいちゃんも満更でないという顔で鼻の下を擦る。
 別嬪だもんな、明日香。
 ありがとうなんて言われたらこっちも照れちゃうよね。

 さて、テレテレしつつ三人で母屋へと向かう。
 ガラガラガラ。

「こんにちはー、おばあちゃーん」
「おー秀ちゃん、よぅ来たねぇ」

 まだ元気なおばあちゃんが出迎えてくれる。
 腰は曲がっているがまだまだ現役で家事も畑の世話もしている。
 じいちゃんは前より細くなった気がする。
 やはり確実に歳はとっていくんだな、なんて少し寂しくなってしまった。

「あらぁ、明日香ちゃんかい?」
「はい、向日葵明日香です」
「秀ちゃん、よかったなぁ、大当たりじゃない」
「え、俺?」
「お嫁さん、結婚するんだろう?」
「いや、えっと」
「結婚しないのかい? もったいないねぇ」
「いやまあ、しないというかするというか」
「あはは、恥ずかしいのか、まあそういう歳だもんねぇ」

 おばあちゃんに俺もタジタジだった。
 結婚するっていきなりなんだもの。
 明日香も困ったように笑顔を向ける。

「なんか飲むかい?」
「あ、まだペットボトルあるんで」
「私も」

 二人して手持ちのペットボトルを見せる。

「わかったわぁ。じゃあお饅頭だけ出すわねぇ」
「あ、はい」
「ありがとうございます」

 家に入れてもらってテーブルに並んで座る。
 すぐに温泉饅頭が出てきた。
 近くに温泉地があり、そこで製造しているのがこの近所のスーパーでも売っているらしい。
 小さいときに来たときも毎日のように貰った覚えがある。

「美味しいです」
「もう一個食べる?」
「あ、え……はい」

 明日香は小さく。はいと答えていた。
 密かにけっこう食いしん坊なところがあるのだ。

 こしあんに茶色い皮のお饅頭。
 かなり甘いが美味しいのだ。

 俺はお饅頭を食べた後、ジンジャーエールを飲む。

「ふぅ」

 さっぱりしてこちらも美味しい。
 この組み合わせが俺は好きだった。

 ミーンミーンミーンミーンミーン……。

「ミンミンゼミだね」
「そうだよぉ」
「うちのほうはまだアブラゼミが鳴いてます」
「こっちは少し涼しいのかねぇ」
「そうかもしれませんね」

 おばあちゃんと明日香が談笑したりしていた。
 そっか結婚したら、明日香のおばあちゃんでもあるんだな、孫みたいなものだ。
 結婚はしないけどな。

■第3話 子供の遊び

「明日香、虫取り網あるぞ」
「えぇ」
「セミ取りしよう、セミ取り」
「いいよー」

 明日香と母屋を飛び出す。
 手には虫取り網だ。
 もちろんこの歳になると、持って帰ったりしないけど、捕まえるだけはしたい。

「えっとどっちかな?」
「右だろ? 右」
「こっちね、ふむ」

 明日香が耳に手を当てて、方向を探っている。
 ちょっと猫耳みたいでかわいらしい。
 夏のワンピースに虫取り網で、大変絵になった。

「こっち、ほら」
「おお、さすが明日香」
「でしょ。ミンミンゼミはちっちゃいんだね」
「そうだよ」

 アブラゼミのほうが大きい。
 アブラゼミは翅が茶色だけど、ミンミンゼミは茶色の半透明だ。

「そっとそっと、だよ」
「わかってるって」

 こそこそと会話をしつつ、木の下まで移動する。

「えい」

 ミミミミ、ジジ、ミミミミ。

「おぉぉ、秀ちゃん、すごい」
「だろ、へへーん」
「あははは」

 明日香がこんなふうに笑うのは珍しい。
 学校ではお澄ましお嬢様だから、地を出せるのは俺といるときくらいなのかもしれない。

「さて、観察もしたし、逃がすよ」
「うん。ばいばい」

 セミにさよならを告げる明日香はなんだか優しかった。

 声を出したからか、虫取り網を振った後、セミは一斉に飛んで行ってしまった。

「いなくなっちゃったな」
「戻ろおっか、秀ちゃん」
「おう」

 とぼとぼと歩く。
 村の道は人がほとんど通らない。
 俺たちだけだ。

「それにしても暑い」
「そうだね。昔は沢で遊んだりしたけど」
「いいね、行ってみる?」
「え? う、うん」

 ということで家に戻らず、沢の方へ。
 集落のすぐ脇を流れているのだ。

「いるかなぁ」
「いるんじゃない、ほら」
「おうぉ、明日香はやい。サワガニちゃん」
「赤いから見つけやすいもん」
「カワエビとかは難しいもんな」
「そうだよね」

 ちょっと深い場所には魚の影なんかも見える。
 ささっと移動して、すぐに見えなくなる。

 サワガニは発見したけど、一度掴まえてすぐに逃がした。
 昔は食べようと思ったこともあるんだけど、あんまり適していないらしい。
 まあ小さいころってなんでも食べてみようと思うじゃん。
 思ったほどではないというか。

 一方、カワエビは半透明なので見えにくい。
 しかもちょっと深い所が好きみたいで、採りにくい。

「小さい魚ならたくさんいるんだけどね」
「ああ、このメダカ未満みたいなやつ」
「名前とかよく分かんないよね」
「分からん」
「ふふふ」

 まあいいんだ。こういう時間が楽しいのであって、動植物観察がメインではないので。
 水に手を付けたりして、涼む。

「涼を楽しむって感じがして、好きだよ」
「お、おう」

 好きとか言われると、一瞬ドキッとするよな。
 しかもこんな美少女に。俺は慣れてるから平気だけど。

「さすがにこの歳になると、水掛け合ったりしないけどね」
「本当? やってみる?」
「お、お前、透けるけどいいのか」
「ダメに決まってるでしょ」
「だよな」

 そのワンピースでびしょぬれになったら、下が見えてしまう。
 俺はいいが、さすがにね。
 その後、どんな顔して一緒にいたらいいか分からんし。

 手を水に浸けて、ぺちぺちと水を飛ばしたりしてみる。
 なんとなく楽しい。
 沢なので石を飛ばす「水切り」とかはできないのだ。

「さて、そろそろ戻ろうか」
「おう、ばあちゃん心配するとまずいしな」
「そうね」

 沢から二人で上がり、また道をとぼとぼと歩いておばあちゃんちに戻る。

「ただいま~」
「おかえり~」
「丁度いい時間だべぇ、お祭り、いくでしょぅ」
「お祭りなんだ」

 明日香がうれしそうに笑う。

「そうだよぉ、それに合わせて戻ってきてもらったんだからぁ」
「へぇ、そうだったんだ」

「浴衣、着て行くでしょ?」
「え、あるの?」
「私の分もですか?」
「もちろんだよぉ」

 おばあちゃんもニコニコだった。

 俺の浴衣を出すと、おじいちゃんと一緒に居間に放り出された。
 そこでいそいそと着替える。
 なんでも昔、お父さんの小さい頃の服らしい。
 でもって、明日香のは妹の分だそうだ。

「お待たせ」
「おぉぉおお、馬子にも衣裳どころじゃないな、こりゃ」

 明日香が照れて頬を赤くしているが、それだけでもかわいい。
 そして白ベースに青の流線、赤い金魚がところどころに泳いでいる。
 俺のは濃紺に蛍だろうか。

「かわいい?」
「おおう、めっちゃかわいい」
「もう、秀ちゃん」
「なんだ、照れるのか」
「まぁさすがにね」

 一周ぐるっと回ってくれる。
 プロポーションがいいからモデルみたいだ。
 古い絵柄なのになんだか、逆にそれが新鮮で、すごく似合っている。

「草履はないけどね、靴でごめんね」
「いいですよ~」
「俺も大丈夫」

 浴衣だけでもありがたい。
 すでに十分堪能したけど、これからお祭りなのだった。
 そうここからが本番というわけだ。

「なに神社だっけ」
「白山神社だよぉ」
「お、おう、そうそう」

 白い大蛇が出たという伝説の話だっけ。

「では、行ってきます」
「行ってらっしゃい」

 じいちゃんとおばあちゃんに見送られて二人で夕日に照らされて神社へ向かう。

■第4話 田舎の祭り

 誰もないのかと思っていたけど、そんなことはなく、若い人もぽちぽちといる。
 白山神社の前には露店が数軒だけ出ている。
 焼きそば、たこ焼き、綿あめかな。
 どれも集落のおじいちゃん、おばあちゃんが運営しているようだった。

 神社の周りの道にはずらっと赤い提灯が釣り下がっていて、ライトが灯っている。

「いい雰囲気。小説に使えそう、秀ちゃん?」
「めっちゃ使えそう」
「和風ファンタジーなの?」
「うんにゃ、異世界ファンタジー」
「世界観あうの?」
「え、九尾の狐とか定番なんだ」
「へぇ」

 異世界ファンタジーでも和風ものが登場することはある。
 他にもヤマタノオロチとか稲荷の狐とか。
 一緒に神社仏閣も登場したりする。

「秀ちゃんだよね? ほら、焼きそば」
「え、お金」
「んなもんはいいって、ほら」
「ありがとう、ございます」

 集落のおばあちゃんだ。小さいころに遊びまわっていたので面識があるらしい。

「まだ小学生だったもんねぇ、覚えてないかぁ」
「ええ、すみません」
「ほら、こっちたこ焼き、明日香ちゃんも」
「あれ、私も名前」
「みんな二人のことは知ってるよ、なぁ」
「そうだそうだ」

 たこ焼き、綿あめもいただいてしまう。
 なんだか非常に申し訳ない。

「もうみんな、子供も独立して、孫もいたりいなかったり」
「遊びに来てくれるうちも減ってねぇ。秀ちゃんと明日香ちゃんはラブラブで有名だったから」
「そうだったんですか」
「あはは」

 ラブラブだったらしい。俺たち。
 なんだか昔の俺たちを再発見されたみたいで、恥ずかしい。

 神社の石段に座って、せっかくなので焼きそばとたこ焼きをいただく。

「美味しい」
「なぁ、こういうところって妙にうまいよな」
「うん」

 派手な打ち上げ花火とか、こんな田舎にはないけど、温かい人たちがいる。
 花火はいいんだ。心の中で打ち上げればいいから。
 それは東京の思い出だけれど、明日香と何度も行ったことがある。
 ここだけの思い出。赤い小さな提灯の列。
 白い大きな蛇の神様は俺たちを見てくれているのだろうか。

 ちゃんと境内を通って本殿の前に行く。
 どうせだからお参りもしていこう。
 小さい頃にも来たことがある。まったく変化がない。
 苔むした石。素朴な木組みの本殿の奥には鏡があるのを知っている。

 パンパン。
 手を合わせて、お参りをする。

「なに祈ったの?」
「ないしょ。明日香は?」
「絶対、秘密」

 ちょっと俺の顔を見たかと思うと頬が赤くなる。
 何考えているのやら。
 俺、俺はいいんだよ。無心で祈るタイプだから。
 また明日香と一緒にきたいな、などと思ったわけじゃないぞ。

 集落の人もぼちぼちいる。
 でも多くがおじいちゃんおばあちゃんだ。
 それから若い人がぽつぽつという感じ。
 小さい子はほとんどいない。

「やっぱり少子高齢化なのかな」
「だよね」

 しんみりと二人で道を戻る。
 日は沈んで、もう少しで真っ暗になる。

「はやく戻ろう」
「うん」

 どちらともなく手をつないで帰り道を進んだ。
 なんとなくそんな気分だったから。

「ただいま~」
「おかえりなさいぃ」

 なんとか真っ暗になる前に家に戻ってきた。

「食べてきた?」
「あ、はい。夕ご飯ありました?」
「うんにゃぁ、食べてないならお茶漬けでも出すけど」
「大丈夫です」
「ありがとうございます」
「そっかそっかぁ」

 おばあちゃんも事情を知っているようでニッコニコだった。
 こりゃ先に予定が組まれていたな。
 俺たちを歓迎してくれるのが集落ぐるみなのだ。

「部屋ないから、一緒の部屋でいいよねぇ?」
「え、あ、はい」
「はい……」

 昔は俺の父親とその妹の部屋だったという和室に布団を二組敷いてもらった。
 順番にお風呂に入った。
 この家のお風呂は自慢のものでかなり広い。

「いい湯だったぁ」

 ほっかほかになって出てきた明日香は大変満足そうな顔をしていた。

「よかったか?」
「うん。毎日入りたいくらい。えへへ」

 無理なことを知っていて、でも我慢できないみたいな意味だろうか。
 俺もお風呂にさっと入る。

「おかえり……」
「ただいま」
「お風呂どうだった?」
「うん。相変わらず広いな。のびのびできたよ」
「よかったね……」

 さて俺たち、二人。
 一緒の布団ではないが、並んでいる。
 その事実を目の前にすると、少し緊張するのは明日香と一緒だ。

「おやすみ」
「おやすみなさい」

 お互いぎこちない動きで布団に入る。
 なんだかこういってはアウトなような気がするが、新婚みたいで。
 妙に気恥ずかしいというか、間が持たないというか。

「寝ちゃったか?」
「バカ。寝れないわよ」
「だよな」
「あはは」

 さて二人して緊張しながら途方に暮れる。
 すでに電気も消して、部屋は暗い。
 でも明日香の気配がするのだ。
 もちろん明日香も俺の気配を感じているんだろう。

 しかしそんなこんなでも、気が付くと眠れるものなんだなという。
 俺たちは眠りについたらしい。

■第5話 海辺のサンセット

 なんだか眠れたんだか眠れないんだか、よく分からないうちに朝になった。

「おはよう」
「おはようございます……秀ちゃん」
「明日香、寝ぐせ」
「知ってる」

 明日香があくびをする。
 寝ぐせがあるということはいくらかは眠れたのだろう。

「卵かけご飯でいいぇ?」
「いいよ」
「いいですよ」
「分かったわぁ」

 確かに卵かけご飯だったんだけど、他に味付け海苔、卵焼き、シイタケの醤油炒め、ホウレンソウのお浸し、ハマグリの味噌汁が出てきた。
 そうそうここは山の中だけど、海も近いのだ。
 ハマグリはそこで採れる。
 地産地消とはいうが、ほいほいハマグリが出てくるのもけっこう贅沢なものだ。

「「ごちそうさまでした」」
「おそまつさまでした」

 大満足でお腹をさする。
 さて、今日は何をしようかな。

「おばあちゃんは、ミカン畑の剪定でもするけど」
「あ、手伝います」
「私も」
「そっか、そか、助かるよぉ」

 おじいちゃんの軽バンに乗ってミカン畑まで移動する。
 降りて準備をしたらさっそく作業開始だ。
 山の斜面一面がミカン畑だった。

「この枝、ここ」
「はいはーい」
「いいね。次こっち」
「はーい」

 作業指示に従ってどんどん切っていく。
 ミカンの木は切らないと大きくなってしまう。
 そうすると収穫が難しくなる。
 枝分かれも剪定で制御するので、切ってなんぼなのだ。

「ここは南斜面だから甘くなるんだよぉ」
「へぇ」
「今はまだ、時期じゃないけどねぇ」

 ミカンは冬だもんな。
 かなり作業した。
 畑は思ったよりずっと広く、重労働だと思う。
 おじいちゃんとおばあちゃんはここを長年、二人で管理してきたのだ。

「ミカンも後何年かねぇ」
「だなぁ」
「やめちゃうんですか?」
「うん。手が掛かるからねぇ」
「そう、ですか」

 近くの農家も何軒か、すでに辞めたという話だった。
 今は集中生産が主流なので、こういう小さい農家は減っていくいっぽうだとか。

 お昼を食べてまた少し作業を終わらせて、おやつにする。

「んじゃ、戻るべぇ」
「はーい」

 明日香はちょっと疲れている顔をしているけれど「いい仕事をした」みたいな雰囲気だから大丈夫だろう。

「どうせだから、海、よってくべ」
「うん」

 家によって支度をしたあと、四人で港へと車で移動する。
 途中休憩もして、近いと言ってもちょっと距離があった。
 海に着いたころには日が沈みかかっていた。

 さっと車から降りる。
 海の遥か先に、太陽が落ちていく。

「綺麗……」
「ああ」
「夏って感じするよね」
「おう、これぞ夏の終わりだな」
「もう、終わっちゃうんだね」
「だな」

 このまま今日の夜の新幹線で帰る予定だった。
 もう集落へは戻らない。

 山のほうから風が吹いてくる。
 明日香が髪を手で押さえている。
 今は時期ではないが甘夏の花の匂いがした気がする。

「甘夏、みたいな夏休みだったね」
「そっか」
「甘酸っぱい、夏の恋なんちって」
「恋なのか?」
「うん。私と秀くんが昔に忘れてきちゃった恋心」
「あぁ」
「やっぱり、私秀くんと結婚しようかな」
「えっ」
「ずっと、毎年、こんな夏休み過ごしたい」
「それは分かるけど」
「私じゃ不満?」
「不満はないけど」
「じゃあ、もう一度、二人で恋、しよ?」
「あ、うん」

 明日香が近づいてくる。
 そして二人の影がそっと重なった。
 軽いキス。

 そういえばキスはしたことがなかったな。
 なんだかいきなりドキドキしてきた。
 冷静沈着な俺が動揺してる。

「んっ」

「んんっうぅ」

「ぷはぁ」
「……」
「キス、しちゃったね」
「うん」
「もう、戻れないよ?」
「しょうがない。前へ進むって決めたんだろ」
「そうだよ」
「俺たち、何年も立ち止まってたもんな」
「うん。なんか私も今、すごくドキドキしてて」
「ああ、分かるって」
「秀くん、どうしよう。なんかおかしくなっちゃいそう」

 二人で夕日が沈んでいくのを見つめている。

「でも、そろそろ帰らないと」
「そっか、そうだね。いこっか。日常へ」
「また来年だな」
「うんっ」

  ◇◇◇

(めっちゃ気まずい)

 さて、帰りは二人で新幹線であった。
 隣のシート同士で、めっちゃ緊張した。もちろん指定席だ。
 こんなに手に汗を握ってドキドキしながら新幹線の席に座るのはこの時が最初で最後かもしれない。
 ペットボトルのジンジャーエールは行きと違いすぐに空になった。

(了)

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