見出し画像

【読む焚火その5】”贈りもの”と”プネウマ”

こんにちは。大石です。

昨晩突然、
久しく会ってない遠く離れた友人から、
まったく予期しない、贈りものを頂いたんです。
(上の写真の焚火トート!)

その衝撃に、細胞が壊れて身体が雪崩を起こしそうなほど、
嬉し泣きをしています(笑)。

この事は、なんだかとても大事な事に思えてしまって、
思わず筆を(キーボードを)取り始めました。
なんだかそれが、たまに問われる事のある、

「焚火なんかして、何してんの?」
「参加している人からお金を取らなくて大丈夫なの?」

あたりに絡むような感じがして。

実は、写真の焚火トートバックのほかにも、
僕には、多くの贈りものが届いています。

友人の”もみちゃん”が作ってくれた

このロゴもそう。
それに、

焚火に参加してくれた、佐々木賢一さんが作ってくれた
この動画もそう。

それに何より、
コミュニティー(グループ)に参加されたり、
共感して頂いたり、
「見てるよ」とか
「いつか行くよ」とか
言葉をかけてくれる人、
自分がしている事について、
何等かの形で受け取っている人の存在、
それが、実は、もっとも大事な贈りもの、
であったりします。

これだけのものを頂いといて、
これ以上僕は何が必要か、とすら
思ったりするほどです。

だから、この場で、
こんな風に火を囲んでいよう、
と思っているのだと思います。

「贈ること」「贈与」について諸説あるのは
少しばかり学んだこともあります。

若い頃の僕のヒーロー、バタイユも語っているし、
マルセル・モース(確か)は有名ですよね?(確か)。
あとは、クロソウスキーも?(違う?)
ブランショ「あかしえぬ共同体」とかも、そう?

それに、最近読んだ本にもありましたけど、
原始のコミュニティーにおける贈与経済などの存在は
良く知られているみたいだし、
シェアリングエコノミーとか、
プロセスエコノミーとか、
ギグエコノミーとか、
「当世風●●エコノミー」を語る論調の中で、
「贈与」の言葉を聞くことが、
多くなっているような気がします。

それぞれについて、
半可通を気取って語る資格は僕にはないのですけど、
でも、
贈られる、や、贈ること、が
動かす「心のさざ波」の事はよく分かっています。
てか、感じることは出来ます。

それは小さくて、大きい、波です。
そして、それはほとんど果てのない喜び、と思います。

そして、そうした波が、世界をすら変えてしまえるのだ、と、
僕は信じている、というか、信じたい、というか
そんな風な事を考えているような気がします。

それが、僕が今日も焚火を焚く理由、
であるような気がします。たぶん。

よく言われるように、
貨幣経済が「交換する」のと違って、
贈ることは「関係性」を作るんだ、と。

うん。
そうだよな、と思います。
そうなんだけど、それだけじゃ全然なくて。

なんかこう、もっともっと、
解像度を上げて感じ取りたい、と思うのです。

贈ってくれる人が、
贈りものを包んでいるその刹那の
包み紙が立てる「カサカサ」という音。

ロゴや動画を作ってくれている時に、
パソコンの画面に向き合いながら、
画面に照らされた表情から発する呼吸、
その時にすする一杯のコーヒーの湯気。

僕たちは、その事を、
その「一コマ」「一呼吸」と
贈りものを通して繋がるんだよな、
と思うのです。

これを「プネウマ」と呼んだら大袈裟でしょうか。

プネウマ(古代ギリシア語: πνεῦμα, pneuma)とは、気息、風、空気、大いなるものの息、ギリシア哲学では存在の原理[1]、呼吸、生命、命の呼吸、力、エネルギー、聖なる呼吸、聖なる権力、精神、超自然的な存在、善の天使、悪魔、悪霊、聖霊などを意味する[2]。動詞「吹く」(希: πνέω)を語源とする。ラテン語でスピリトゥス、そこから英語でのスピリットとなった。キリスト教でも使われ、日本では「聖霊」[3]、日本ハリストス正教会では「神(しん)」と訳す。

wikipediaより

人が贈りものを贈る、のシーンとともに
彼我の境が消えていって、
他人の喜びと自分の喜びが重なって、
他人の痛みを自分の痛みとして感じること、
そういった人間の崇高さ、みたいなもの、
それを、火を囲みながら、僕は感じていたいな、
と思います。

焚火は僕に、プネウマを教えてくれます。
というか、
世界がいかにプネウマに満たされているか、
そのことに気づかせてくれます。

大袈裟かもしれないのですが、
それを祈りと言うならば祈りです。

スピノザのように
「神、すなわち自然」
と、言ってみたくなったりします。

大きなことはできないけど、
レンガ積みの寓話のレンガ職人のように、
愚直に、火を焚き続ける自分であることで、
遠い地にも心を届けられたら、と、
今日は思っています。

日々、受け取れ切らないほどの贈りものを
分けてくれる、友人や、周囲の方々に感謝しています。
わりと、マジで(笑)。

なので、焚き続けますね。

では。

(仙台たき火ティー:FBグループ)
https://www.facebook.com/groups/418620709996125/media



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?