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2019年の入管庁難民認定結果から見えてくること

始めに

2019年の難民認定の結果が3月27日に入国管理庁から発表された。http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyuukokukanri03_00004.html

認定申請者の数は 10375人(18年は10493人)、認定されたものは 44人(18年は42人)、人道配慮による在留許可が37人(18年は40人)の計81人だったから、申請数も保護数(認定数+人道配慮)もほぼ横ばい。処理数は 7131人だった(18年は13502人)ので、「保護率」は1.1%になる(18年は0.6%)。処理数が減ったのは、2018年に13502件を処理したため、2019年に持ち越された案件が少なくなったためのようだ。

申請者の出身国

申請者の出身国は76か国で、ここ数年多かったフィリピンやベトナム、インドネシアなど東南アジア諸国出身者が 大きく減っている。例えば2017年にトップだったフィリピンは4895人だったが、2019年には108人になった。2位のベトナムは3116人から23人以下(ランキング外)となっている。インドネシアも2038人から53人へと急減している。


紛争が絶えない中東・アフリカ諸国からの申請者は毎年増えて2019年には1000人を超え、国別でも申請者数上位25位以内にカメルーンやセネガルなど11か国が入っている。アフリカ人増加の理由の一つは2019年に日本でTICAD(アフリカ開発会議)が開かれ、多数のアフリカ人が来日したと言う特殊な要因であるようだ。

UNHCRは毎年難民を生み出す国のリストを作っているが、その上位5か国からの申請者も増えている。2019年の場合、シリア、ベネズエラ、南スーダン、コンゴ民主共和国、アフガニスタンの上位5か国から76人が申請した。2018年は50人、2017年は36人だったから、難民申請者のプロフィールは世界の難民状況をより反映するものになってきている。

申請者の在留資格

在留資格「技能実習」や「留学」などを持つ者からの申請は急減している。入管庁は技能実習が終了した後や留学の終了後の難民申請をした場合するは「稼働を認めない」、さらには「在留を認めない」などの抑制措置を導入し、これらの措置はHP上で13か国語で広報された。これらのケースが難民認定制度の誤用・濫用であるか否かは義論が分かれようが、技能実習制度の拡大や「特定技能制度」の創設など外国人が日本で働く機会は増えており、日本で働くために難民制度を「利用」するメリットは減ってきていると言える。
http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyuukokukanri03_00500.html

実際、こら東南アジア諸国の国からの「技能実習生」や「技術・人文知識・国際業務」などの資格での入国は増えている。「特定技能」制度が本格化すれば、東南アジア諸国からの「ただ乗り」的難民申請はさらに減少する可能性がある。外国人労働者政策が難民申請者の動向に影響を与えている一例だ。
http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyuukokukanri04_00003.html?fbclid=IwAR3hfBA_CykpMqT-8QVrMJNAzCZK9SKEDnt5IcoVJ4bWti22LRjlJpRkIvg

申請の理由

認定・不認定の事例集によると、申請理由に「知人、近隣住民、マフィアなどとのトラブル、借金問題」など、難民の定義とは無関係な理由を挙げる申請者の割合は、2017年が47.9%、2018年が42.6 %, 2019年が36.6%と低下してきている。「日本での稼働を希望」といった理由も、2.6%、2.3%、1.8%と減っている。申請者の間で、難民制度についての理解が進んでいるかは分からないが、ここにも申請者のプロフィールの変化が見られる。

難民認定

難民として認定された者は44人。ほとんどが中東・アフリカの紛争国出身者で、例えば戦乱の続くアフガニスタンは申請者24人中16人が認定された。政争の続く南米ベネズエラ出身者も3人認定された。アジア諸国出身者で認められたものは、不服申し立てで認定されたパキスタン人1名と、裁判で難民認定されたスリランカ人1名だけだ。

ユニークなのは、パレスチナ人2人がUNHCRの条約難民と認定されたこと。パレスチナ人は国籍を持たず、UNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)の管轄・支援下で難民として数十年を暮らしてきたが、シリア紛争の中で数十万人が住処から追われて行き場を失っている。今回の認定はそのような難民であるが、パレスチナ難民が条約難民と認められるのは珍しく、注目される。

ちなみに、入管庁は2018年から、難民認定の申請時に、地方入国管理局が案件をA案件(難民である可能性、または人道上の配慮を必要とする可能性が高い案件)、B案件(迫害の理由に明らかに該当しない案件)、C案件(理由なく同じ申請を繰り返す案件)、D案件(それ以外の案件)と振り分けて迅速な処理をするようにしている。2019年にはA案件とされたものが83件だったのに対して、実際に難民認定ないし人道配慮を受けたものは81件だった。2018年にはそれぞれ27件、82件だったことを考えると、案件の振り分け段階における「見極め」がより正確になったのだろうか?

難民認定基準について

 認定結果の発表と同時に行われる認定と不認定の事例の紹介は10年近く前から始まり、年々詳しく判断のポイントを開示している。これは認定基準の明確化を図るもので、評価すべきだが、それらの事例から抽出される「迫害」の解釈と、「迫害のおそれ」を判断する基準はごく厳しいものだ。事例や裁判例から分析すると、入管庁が「迫害のおそれ」があると認定するための客観的条件は、おおむね次の6つだ。

  ① 危害の理由について難民条約に定められている人種、宗教、国籍、政治的意見を有し又は特定の社会的集団に属することのいずれかであること。
  ② 危害の主体が政府機関又はこれに準ずる統治能力を有するものであること(直接に危害を加える場合のほか、第三者による危害を黙認ないし助長している場合も含まれる)。
  ③ 危害の対象として特定の個人又はその集団が注視されてターゲットとされていること(個別把握)。
  ④ 政府当局が国内での危害防止のために効果的な手段を意図的にとろうとしないか、又はとるための統治能力に欠けていること。
  ⑤ 危害の程度が「通常人が受忍しえない」ほどの激しいもので、生命又は身体の自由に対する重大かつ深刻な侵害と認められること。
  ⑥ 危害を受けるおそれを有することについて合理的な因果関係が認められること。

詳しくはhttp://www2.jiia.or.jp/kokusaimondai_archive/2010/2017-06_005.pdf?noprint に譲るが、「迫害」の認定のためには、これら6つの条件がすべて満たされることが求められる。①は難民条約の定義をそのまま使っているが、②から⑥まではこれまでの難民認定を巡る実務や行政訴訟の判例の積み重ねによる日本独自の解釈・条件だ。いずれも難民審査官の主観的判断に依らざるを得ず、逆に言うと広い裁量の余地を残している。

厳しすぎると批判される「認定基準」を改善するには、上記のような条件を明示的なリストにし、さらには認定ガイドラインとして公表することが望ましい。それぞれの判断要件・条件にポイントを与えて「ポイント制」にして、xx点以上は難民認定、その下は退避機会の付与とするといったことも検討に値するだろう。そうすることで、判断基準が不明なまま密室で行われている印象の強い認定作業における内部コンプライアンスを強化し、プロセスの透明化と説明責任を強化し、全体として難民認定の質の向上に役立とう。

人道配慮と「きざみ的在留許可」

人道配慮(退避機会・補完的保護)は37人だが、大半がシリアなど紛争国出身で、本国の状況などを考慮した「退避機会」ないし「補完的保護」は10人にとどまる。このグループは上に述べた難民認定基準の緩和などがなされれば、難民として認められたかもしれないケースと言える。

現在の「人道配慮」は、出身国の紛争・迫害状況、または日本人との婚姻と言った属人的事情を勘案して行われるが、外国人労働者(外国人材)が強く求められる今日、第3の要素としては、外国人材として日本経済に貢献してきた、といったことをプラス要素とすることも考えられるだろう。

なお、人道配慮なり「退避機会」の場合、当初は1年の在留許可だが、何度か更新を繰り返すうちに、当初5年間の定住を認められる難民と事実上同等な待遇に至る。出身国への強制的な送還なども事実上なくなる。言い換えれば、日本の難民の庇護は、ある一定時点で判断する「デジタル式」でなく、紛争の継続などの本国事情と申請者の日本での定着状況をみつつ数年かけて「きざみ的許可」を出しつつ、「アナログ式」に進行すると言うことができる。その間、入管庁の監視のもとに置かれるわけだが、このような「きざみ的許可」は難民以外の外国人の在留許可にも見られる。日本で永住許可や帰化許可を得ることはごく難しいが、それは、日本社会の「メンバー」としてやっていけるか否かを、法務省(入管庁と民事局)が長年観察した上で決めるという日本独特のシステムがあるためだと言えよう。

難民認定室の組織上の地位

 最後に、入管庁の難民認定室の組織的位置について問題提起したい。難民認定室は入局管理局時代は総務課の一部とされていたが、2019年の入管庁発足時に出入国管理課の一部とされ、相対的に地位が下げられてしまった。入管庁発足に課の数が増えて10課体制となったにもかかわらず、認定室は「課」に昇格するどころか、出入国管理業務の一環とされてしまったのだ。

入管庁

この組織的変更の背景は不明だが、難民問題が国際的にも国内的にも大きな問題となっている中で異例の組織替えに見える。難民認定は難民条約という国際法上の義務の履行として、外国人が難民の地位に該当するか否かを審査し決定する「国際行政」そのものの作業だ。それは、外国人の出入国を管理する「国内行政」とは目的も従うべき規範も違う。難民認定を法務省が行うことについてすら独立性の観点から批判がされてきた中で、それを出入国管理課の下に置いた今回の組織変更は、国際社会に対して、日本は難民保護を軽んじるのみならず、入国管理の枠内で行うというメッセージを発することになっている。新設の長官直属「国際担当審議官」の下に置くなりして、現行組織形態は一刻も早く是正すべきだ。

終わりに

過去数年、申請数急増で機能不全だったとさえ言える日本の難民認定制度の混乱は少しずつ収束に向かっているように見える。しかし、難民認定数は44人と少なく、世界の難民問題の規模からすると大海の一滴にすぎない。またそのような結果を生み出す難民認定基準の明確化、透明化、弾力性の点では国際社会の期待に答えていない。入管庁は国際的視野を広げ、「難民を受け入れることの国内的コスト」だけでなく「難民を受け入れないことの国際的コスト」をもっと意識すべきだ。現在のところ、外国人労働者の受け入れに政府・法務省は奔走しており、難民認定制度の問題は取り残されている。外務省主導の第三国定住事業の拡大や、同じく留学生としての受け入れが進展する中で、難民認定制度の改革は遅々として進まない。法務省の第7次出入国在留管理政策懇談会の場を含め、難民認定問題の再考を始める時だ。

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