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地獄からの復活~その1

 さてチェンナイという地獄から抜け出して2か月が経った。俺の本業はボディビルである。引退したと思っている人も多いかもしれないが引退はしていない。少なくとも自分の90%以上のコンディションでステージに立つまでは引退できない。 

 今までの大会はどれも自分を出し切れていない。というのも連盟の役員、日本代表、日本の選手の引率を兼ねてやっていたからだ。大会はだいたい7日間あるがそのうち前4日は会議だらけでまともに飯も食えない状況になる。

 大体のパターンだと95kg前後で仕上がり、会議で飯が食えなかったりポールチュアやババーの夜の会食につき合わされたりして92kgくらいまで萎んでステージに臨むという感じであった。

 2013年のハンガリーの世界選手権は俺一人しか選手がいなかったので他選手の世話をする必要が無かった。これ幸いと会議等に代理で出席してくれる人を探し出し万全の体勢を整えた。

 しかしこの人が酒乱でフライト前日にドタキャンしやがったのでとんでもない事になった。風邪ひいて水抜きは出来なくなるし、物凄い萎むし、カラーなんて自分でやったものだからムラがすごい上に頭がなんかハゲて見える。

 大会後に撮った写真も撮影者のペドロがボディビルなんてまるでわかってない人間だったので顔の出来栄えでしか選んでいない。脚の力が抜けてカットがない写真ばかりオフィシャルにアップされてしまった。しかもこのペドロも酒乱で超テキトーである。

 少なくともまともな写真、まともなカラーリングでステージに上がれなければ引退できないわけである。そんな事を考えていたらチェンナイで8か月もハマってしまったわけである。筋肉が滅茶苦茶落ちてしまった。

 室内で運動してれば良かったじゃないかという声がたまに上がるが、チェンナイのホテルの部屋はエアコンにキノコが生えている有様だったので呼吸が激しくなると非常に苦しい。胞子のようなものが飛んでいたのだろう。

 しかもインドの飯はわけがわからない。1日1食、酷い時は2日に1食で何故あんなに太るのか。腹が出過ぎてパワーベルトは絞められなくなるし、見た目は最悪である。

具体的にどのくらい筋肉が落ちたかというと
 インクラインベンチ160kg→80kg
 ダンベルショルダープレス 60kg→30kg
 デッドリフト230kg→腹が出過ぎてベルトできない
 スミススクワット180kg→バーのみ
 プルアップ140kg→自重6回
このくらい落ちてしまった。これはどこかの国で戻さなければならない、と考えて選んだのがボスニアである。

 ボスニアという国はバルカンの特徴というか、強い男が喜ばれる文化があるので格闘技やボディビルが盛んである。ジムはあちこちに乱立しているしボディビルダーはウケが良い。

 一応ヨーロッパなので衛生管理は最低限出来ているしその上で物価が安い、鶏胸肉皮無しがそのまま売っている、とボディビルにはかなり良い条件が揃っている。チェンナイがクソ暑かったので寒い国に行きたいと思っていたのもあってボスニアに決めた。
 
 サラエボが最も環境が良いが「コロナフェイク!」とかのたまっている連中が大勢いるので感染爆発を予想し、田舎でイスラム色が強いトラヴニクを選んだ。ジムは三つ掛け持ちし、シリコンスチーマーを日本から送ってもらって準備を整えた。目標は85%まで戻す事である。

 コストや設備を考えると100%は厳しかった。俺の階級の体重だと本来一日のタンパク質摂取量は300gがミニマムであるが、買い物や調理の時間の都合などがあったので240gに抑えた。
 計算上これで100kg以上でそれなりのコンディションに出来るはずである。

 戻していく過程で面白い発見が多々あったのでそれを箇条書きにする。

・腕特に三頭筋は回復が早い
・ハムストリングスは案外落ちていなかった
・僧帽筋は殆どそのままである
・胸はなかなか戻らない
・最も戻らないのはフロントデルト
・背中は極端なオーバーロードをしない限りそのまんま

 また今回は一つの実験をする事にした。なるべくバーベル種目を活用するというものである。この狙いはシークレットなのでいつかDMなり有料記事なりで公開しようと思う。

 腕の回復が早かったのはメニューで毎回やっているからである。矢張りある程度の大きさまでは頻度が重要である。休息が大事になってくるのはかなりの上級者になってからである。

 具体的には三頭はナローベンチが120kg-10発できるくらい、二頭はダンベルプリーチャーカールが30kg-10発できるくらいである。これ以下であるならば休息なんて気にしなくて良い。

 ハムストリングスが落ちていなかったのは紡錘状筋だからであろう。このタイプの筋肉は発達も遅いが落ちるのも遅い。上腕二頭も同じ原理でなかなか落ちない。引退したプロ・トップアマを見ても二頭だけは残っている。

 僧帽筋がそのままなのは正直よくわからない。普段から使っている筋肉だからだろうか。

 胸の戻りが悪いのは頻度が低いせいもあるが、この部位は日常では殆ど使わないので神経系を常に鍛えておく必要があるせいである。神経系がすぐに効かなくなってしまうので筋量に対してマックスの負荷を扱う事が出来ない。マックスの負荷が扱えないので当然刺激も弱くなり、発達が遅くなる。

 フロントデルトはもうなんでこんなに戻らないの・・・と呆れてしまうくらい戻らない。上述の胸と同じく日常で全く使わない筋肉であり、神経系が効かなくなる。そして何よりもこの筋肉は周辺の筋肉が発達してスタビライザーが強化されないと強い刺激を入れる事が出来ないのである。

 背中に関しては軽い重量をやっていたら一生その重量から脱出できない、というのがわかりやすいだろうか。チートをしながらでも、可動範囲がいくら狭くなろうとも、とにかく派手にオーバーロードを掛けていくのが発達のポイントである。この持論は初めて大会に出た頃から持っていたが改めて認識した、という感じだ。

 以上途中経過レポートである。予定では2ヶ月で戻るはずであったがチェンナイ産の腹の脂肪がしつこく、ダイエットと同時にバルクアップを余儀なくされてしまったので戻りが遅い。

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