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【回想録 由美子のいなくなった夏 亡き最愛の妻への想い 第91回】

🔷 「今後、私がするべきこと」の「償う」(2)を掲載します。🔷

 『由美子のいなくなった夏 亡き最愛の妻への想い』
(ハードカバー 四六版 モノクロ264ページ)
2016年1月25日 発行
著者   藤巻 隆
発行所  ブイツーソリューション

 ✍『由美子のいなくなった夏 亡き最愛の妻への想い』(第91回)✍

今後、私がするべきこと

償う(2)

 由美子は二〇一五年一月に両親が眠る仏子ぶし聖地霊園に墓参りしています。その時は、私は由美子に同行しませんでした。由美子から「一緒に行かなくていいよ!」と強く言われたからです。由美子はその理由を明かしませんでした。

 鈴木家の墓地は、以前、八王子の南多摩霊園にありましたが、由美子の実家の南入曽(狭山市)から遠く、今後、墓参りが困難になることから、仏子聖地霊園に移転しました。

 二〇一五年十一月十七日、私は初めて岳父・眞、岳母・マツエが眠る仏子聖地霊園へ墓参りに行きました。広大な敷地に墓地が無数あり、さらに増えていきそうでした。

 眞の命日は六月二十四日で、マツエの命日は一月二十六日です。年二回は、墓参りしたい、と考えています。

 仏子聖地霊園は、西武池袋線仏子駅からタクシーで十分程のところにあります。きちんと区画整理されています。鈴木家の墓地の区画表示は九-十九-二十四です。

 仏子聖地霊園を初めて訪れて気づいたのですが、鈴木家と藤巻家の家紋が「丸に下がり藤」で同じだったということです。


家紋 丸に下がり藤


(PP.238-239)




➳ 編集後記

第91回は「今後、私がするべきこと」の「償う」(2)を書きました。

今回再編集して気づいたことがあります。それは、岳母・マツエと姉の命日が同月同日の1月26日だったことです。この他にも、私たち関係者に共通点が実に多いことに驚きました。





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