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母の聖戦(2021)

一昨年の東京国際映画祭で、ルーマニアのテオドラ・アナ・ミハイ監督の「市民」を観たのですが、その映画が、このたび「母の聖戦」という邦題で劇場公開されました。ルーマニアの監督作品ではあるが、この映画の舞台は現在のメキシコ。

監督がアメリカに留学したことをきっかけにメキシコの知人が出来、メキシコという国との良好な交流が始まったものの、昨今の社会的・経済的に不安定な状況でメキシコの治安は悪化し、朝、子供たちを送り出した親は子供が無事に帰ってくるのかを心配しなくてはならないような事態になってしまったという現実を世界に伝えたい想いから、綿密なリサーチの上で本作を撮ったとのこと。

最初はドキュメンタリーとして撮り始めたものの、あまりにも危険だったため、フィクションに切り替えざるをえなくなる。映画のラストに明かされる本作の主人公のモデルとなった女性は、映画の製作がスタートした後、数年前に自宅前で射殺されたという生々しいエピソードまで監督から明かされた。

映画のストーリーはこうだ。穏やかに笑顔で会話する母とティーンエイジャーの娘。デートに出かけるという娘を玄関で見送ったが、その後「娘を預かった。助けたければ金を払え」と身代金の要求が。別居中の夫とも相談し、身代金を払うものの娘は帰ってこない。どうしようもない事態のなか、母親は娘を取り戻すために、命がけでありとあらゆる、無謀なまでの手段をとる。

暴力によって奪われた娘を取り戻すために暴力も辞さない母親。そうやって踏み込んで行った先には、凄まじいまでの大量の暴力と死者が山積みになっている。しかも、国も警察も軍も、この社会全体を覆う問題を解決することはできない。

このような厳しい現実を叩きつけるように見せる本作の向こうには、真剣にこの問題に向き合っている監督がいる。監督の意図通り、この映画を観ながら、僕たちはこの世界の中で起きている暴力と理不尽さを思い知る。それもまた、映画が果たす役割のひとつなのだと理解させられながら…

メキシコには、この主人公のような母親がたくさん存在していることから、本作のタイトルは「La Civil」=「市民」と付けられたそうである。これは他人の話ではなく、市井のみんなの話なのだと。

監督によるトーク:
https://youtu.be/iK_0pr4i5Zg

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