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クレイジーホース(1973)

新しい世界を見よう!と、フェルナンド・アラバール監督「クレイジーホース」にチャレンジしました。 この監督の作品を見るのは初めてなんですが、フランスの伝説的な前衛芸術集団"パニック運動"創始者のひとりであり、かのアレハンドロ・ホドロフスキー監督の盟友で、ホドロフスキーの映画デビュー作「ファンドとリス」の原作はアラバールの戯曲だったという話を聞くと、やはり見ておかなくては…と。

冒頭のニュースで主人公が母親殺しの嫌疑で追われていることが示され、彼が車を走らせて逃げる映像につながって、やがて彼は砂漠に辿り着く。そこには、子供のように純真で動物と会話したり、空中に浮遊したり、昼と夜を切り換えるような不思議な力を持つマベルという小さな男が住んでいて、主人公は彼に魅了され共に暮らし始める。 やがて、主人公はマベルに都会の生活を体験させ幸せにしてやろうと、彼を連れて自分が指名手配されている都会へ戻っていくのだが、進んだ文明は決してマベルにとっては素晴らしいものではなかった。

本作の主なテーマは、2つ。ひとつは、マベルの目を通して見た文明社会がいかに醜く不自然に見えるか。もうひとつは、主人公が幼い頃から母親に溺愛された結果生まれた異常な母子関係と、母親への倒錯した愛と殺意の混沌の中に生きてきた葛藤。

やがて、主人公とマベルは人知を超えた深いつながりを獲得するに至るのですが、まぁ、その道のりったら… ぐへぇ…という按配です(^^;; あと、宗教的な切り口も背景にあるのですが、そこまでは僕の知識では理解が及びませんでした。

さらっと全体像を語ると以上なんですが、実際に見ると、途中途中でインサートされる映像に「うっ」となりまして、なるほどホドロフスキーの盟友!!! ってテイストです。 僕はロメロ監督の「死霊のえじき」みたいのをたくさん見てるから平気だけど、当時はさぞ物議を醸しただろうな…と妙に納得の仕上がり☆

でもね、マベルが何かを見つめて悲しそうにしてる表情が、見てるこっちも泣ける程の純粋さを感じさせて、こんな映画なのにちょっと感動したりもするのです。


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