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小説・強制天職エージェント⑰

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仕事に関係のない話題も増えた。

前の職場での失敗談に成功談。料理好きが高じて、有名な料理研究家の教室に通い、独自レシピを考案してブログにアップしているということ。もっとさかのぼって、大学時代のサークルの話まで。
調査だけでは知りえない話をしてくれた。

「私の話ばかりじゃなくて、水島さんのことも聞きたいわ。どうしてコンサルタントになろうと思ったんですか?」
八重子は、水島のことも聞きたがった。

今は身分を隠して、コンサルタントということになっているため、会社の話はできなかったが、内容的には被る部分が多かったので無理なく自然に話せた。
学生時代から迷うことなくこの道を目指し、今なお情熱を注いでいる仕事だ。話は尽きることがなかった。

八重子はそれをいつも楽しそうに聞いていた。
「そんな風に過ごせたら、毎日が楽しいでしょうね」
憧れに似たまなざしを感じた。

八重子という人間のさまざまな側面を知る度に、魅力が増してゆく。自分の任務を全うせねばと、彼女の事を熱心に聞いていたのが、知らないうちに水島個人として興味を持っていた。八重子も以前より笑顔が増えたようだ。

八重子と会うのが楽しみになってきていることに、水島は自覚がなかった。

「彼女、高校の時はマネージャーだったらしいよ。知ってた?」

「ああ」

「”ああ”? なんだよ、知ってたのかよ」
2回目の報告のため、事務所に来ていた水島は小早川の返事に顔をしかめた。

「君が彼女の通勤を尾行していた頃に、僕も色々と調べていたから」

水島はじろりと小早川をにらんだ。
「まあいい。ところで彼女、かなり慣れてきているよ。仕事の覚えが早く、社長や、他の部署──営業や技術系の社員との関係もいい。早くもいろんな人に頼られて、会社に不可欠な存在になりつつある。一方で、仕事に支障をきたすほどではないものの、女性社員とは少し性格が合わないようだ。彼女に嫉妬している人もいるようだし。でもまあ、流せる程度じゃないかな」
水島は楽観的だった。

「うまくいっているなら何よりだね」

「そういえば」
ふと水島は前から疑問だったことを思い出した。
「彼女って付き合っている人はいないんだっけ」

「いないよ」

「どうして知ってるんだ」

「それは、知る必要があったから聞いたんだ。既婚か独身か、独身であっても結婚する予定はあるか。逆に、離婚はしないか──。これらは仕事に影響するものだからね。客が必ずしも真実を教えてれくるとは限らないけど、幸い、彼女は特に隠すこともなく教えてくれたよ。独身で、結婚の予定もなく、そういう相手もいないと」

「そうか。行動パターンを見ていれば、そうだろうとは感じていたけれど。それにしても意外だな」

「どうして?」

「だって、いてもおかしくないだろ」

「ふーん」
小早川は横目で水島を見た。
「好きになったとかいうなよ」

「当たり前だろ。そういう意味じゃないよ。いてもいいんじゃないかなと、単純に思っただけだよ」

「なら、いいけど。あまり状況を複雑にしないでくれよ」
小早川は釘を刺した。

「分かってるよっ」
水島はむきになった。

とは言ったものの、小早川に言われて初めて水島は気づいたのだった。八重子に対して恋愛感情が芽生えていたことを。
今回は、かつてのライバルだった小早川の下で事実上の初仕事。自分のプライドに賭けて、失敗は許されない。恋愛感情などに振り回されて、失敗するなど言語道断だというのに。一瞬、水島は自分の鈍感さを呪った。

しかし、考え直した──というより、自分に言い聞かせた。

八重子の転職活動を応援するのが本来の目的だ。好意むき出しで迫るわけでなし。仕事ついでに、2人の時間を楽しむだけのこと。他に男もいなさそうだし、焦る必要もない。先の事は置いておいて、今は楽しむ程度でやり過ごすことにしよう。

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ほかにも色々かいてます→「図書目録(小説一覧)」

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