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小説・強制天職エージェント⑥

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Ⅲ.調査

「まずは彼女の調査だ」

「調査?そんなことしなくても、履歴書やら何やらを書いてきてもらっただろ」

「これは基本情報に過ぎないよ。ここからもっと掘り下げていかなきゃ。うちは君の会社とはやり方が違うんだ」

ややバカにされた気分になり、水島はむっとした。
「どういうことだよ。分かるように説明しろよ」

「うちは、客にとって本当に向いている職場を見つけるのが仕事だ。“本当に向いている”だよ」
小早川は強調した。

「そうらしいな」

「できれば一生続く仕事をしてほしい。ただし、人生の転機やちょっとしたことで考え方も変わるから、また転職することもあるかもしれない。そうであったとしても、次は自分自身で最適な職場を選ぶ力を身につけてほしい」

小早川は一旦言葉を切り、水島を振り返った。
「そのために、知名度や会社の規模、給料といった、世間的に良いとされる条件を取っ払って、当人にしかないスキルや興味、性格などの方向性に合う仕事を見つける。一度、飛び込んでみて体験しさえすれば、仕事選びの本質を理解してもらえるだろう」

「分からないな。仕事なんて人に選んでもらうものではないだろう。アドバイスはしてもらっても、最後には自分の判断で動くものだ」

「君は今の仕事に満足しているか?」小早川は唐突にいった。

「もちろん。とてもやりがいを感じている」

「だろうね。君はそうだろう。僕もそうだ。でも、意外と自分では分からないという人も多いんだよ。あるいは、自分の本心だと思い込んでいるけれど、成長していく中で植え付けられた価値観に、無意識のうちに縛られている人もいる」

「例えば?」

「そうだな……。今では一概に言えないが、かつては、成績が優秀、イコール、医者の道に進むと考える傾向があった。逆に、学歴が低いと、給料の高い仕事にはつけない、とか。また、本当は内向的で人としゃべるのが苦手なのに、営業マンになってストレスを抱えたり。自分の特性を無視した仕事選びをしてしまうのは、不幸の始まりだ」

「世の中、そんなもんじゃないのか? 少々、向いていなくても、理想通りじゃなくても、我慢するのが大人だろ。不幸、ってのは言い過ぎじゃないか? お前の言うことは、きれいごとだよ」

「きれいごとに近づきたいから、この仕事を始めたのさ。なんだ、不満そうな顔をしているね」

 小早川のいうとおり、水島はいまいち納得できなかったが、それ以上追求するのは諦めた。小早川と議論を戦わせるのは得策ではない。

「で、オレは何をすればいいわけ?」

「適職を考える上で、履歴書などに書いてある学歴やキャリアも大事だが、それ以上にその人自身を知ることが重要だ。ということで、彼女の普段の行動を調査してきてくれ」

「はあ」

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