「新解釈・三國志」(その1)

ネット上が「三国志ファン」による批判であふれかえる前に感想を書き始めようと思います。たぶん、何回かにわけます。

ひとえに「この映画を『殺す』のは三国志にとっての損失だ」と思うからです。

私は福田監督はじめスタッフの三国志への思いがどんなものかは知りません。しかし、十分に、これまでの三国志遺産へのリスペクトはあったと思います。その話から始めてみましょう。

長坂坡の場面。ナレーションでは糜夫人を「正室」と紹介しています(語そのものはうろ覚え)。『三国志演義』では糜氏と甘氏を書き分ける部分はほとんどないまま(「千里独行」では「二嫂」と一緒くたにされることが多い)、甘氏は阿斗を産み、糜夫人はその阿斗を守って井戸に身を投げます。

一方、正史『三国志』蜀書は、甘氏を劉備の皇后(正室)として扱います。これは、彼女の産んだ阿斗(劉禅)が後に帝位に就いたことから、蜀漢王朝が彼女を皇后として扱ったことに拠ります。しかし、甘氏自身は劉備が帝位に就くかなり前に亡くなっていたと思しく、生前の彼女が皇后の地位に就いたわけではありません。

では、史実において、この当時(赤壁の戦い前後)の劉備の正室は誰か?

多分、正室がいたのか、という点も含めて「判らない」というのが一番マシな答えです。しかし、糜氏がこの段階まで生きていたのであれば、正室であったはずです。重臣糜竺の妹なのですから、出自のはっきりしない甘氏の下位であったとは考え難い。

しかし、史書の甘氏が皇后として扱われることに引きずられて、生前の甘氏を劉備の正室として扱う三国志作品もあります(吉川英治『三国志』がその一つ。ただし、吉川『三国志』はかなりややこしい問題を含むので別記事にて)。

「新解釈・三國志」は、糜氏を劉備の正室としています。三国志へのこだわりがなければできない設定でしょう。

長坂坡がらみでもう一つ。長坂坡での趙雲のアクションシーンはCCTV版「三国 Three Kingdoms」(2010)の「長坂坡の戦い」(第36話)へのオマージュですね(パロディという取り方もありましょうが)。

Twitter等では、この映画のアクションはコーエーテクモゲームズの『真・三國無双』に準えられることが多い印象ですが、他もちゃんと参照しているとは言えます。

ちなみに、この映画の趙雲の描き方はすばらしいと思います。三国志コンテンツにおける趙雲アゲの出発点は『三国志演義』でしょうが、戦後の日本で増幅されて来ました(人形劇『三国志』の影響が強いのかも知れません。横山光輝『三国志』連載当時の第2回人気投票では、「好き」で第2位でありながら、「嫌い」が0票という結果が残っています)。

「新解釈・三国志」の趙雲はイケメンを自認し、自分の価値観を微塵も疑いません。これは(もちろんカリカチュアされているとは言え)戦後日本で構築されてきた趙雲像の集大成と言えるのでは、という印象を抱きました。

とりとめがなくなってきたので今回はここまで。
続きは近いうちに。


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