院内マル暴?
CW(ケースワーカー)さんの『強制的に退院』という言葉が気になった。
最悪の場合は、Gちゃんの入院手術が延期という事態になる。付き添い体制を整えて、再度の入院手続きへこぎつけるとしても、家族付き添いでは負荷が増すばかりだ。
Gちゃんのために輸入されてきた角膜も無駄になってしまう。できればこのまま、手術を受けるところまでこぎ着けたかった。
となれば、あとは目の前のCWさんと、CWさんの向こうの病院を説得するまでである。
しばらく考えてから、
「家族による付き添いは不可能です」
まず断言。CWさんが何かを言おうとして険しい顔になったが、それより先に説明に入る。
「患者の自宅にもうひとり、認知症患者がいるんです。そちらも私が見ているので、ここに長期滞在することはできません」
「ご自宅のほうは介護制度を利用してください。ご家族の付き添いがないのなら、入院は受け入れられません」
なんとまあ、無茶を言うか……。
だが引き下がるわけにはいかなかった。Gちゃんの面倒、Bちゃんの介護、私の家のあれもこれも、私ひとりでやっとこさ奉行して、かろうじて保たれているのである。
ここで私が病院詰めとなれば、院外で暮らす二家族はいったいどうなるのか。介護崩壊…という文字が脳内に浮かぶ。それだけは避けなければ。
「では付き添いは私ではなく、付き添い専門のヘルパーを探します。病院の近くに介護事業所か、介護会社はありますか」
「ありますけれど。ご家族以外の付き添いは原則としてお断りしています」
攻めにくい城である……。
「では父の地元から……遠い親類なんですけど、ヘルパー2級がいますから、その人をこちらへ呼んで、滞在してもらって付き添いを頼みます」
嘘である。Gちゃんの親戚筋にヘルパーはいない。というか、G方親戚とは交流ゼロで親戚筋の名前もわからん。でもこの際、嘘も方便じゃい。戻ってから、人捜しして、あとは金策すればいいのだ。
CWさんはしばし考え込み、
「院内では……介護保険が使えませんから、実費になりますよ」
「実費でかまいません」
どのみち要介護1レベルで二十四時間付き添い介護なんて受けられるわけがない。
CWさんは眉間にしわを寄せて、難しい顔をしていたが、
「ちょっとお待ちください」
どこかへ行ってしまった。
Gちゃんが廊下に出てきて、
「なんだ、何、話してたんだ」
もうちゃっかり帽子を被ってステッキ持って、すっかり小旅行気分だ。物見遊山じゃあるまいし。暢気だったらありゃしない。
「付き添いが要るんだって」
「へ? 誰が誰に付き添うだ」
「Gちゃんに、私が。付き添うようにって言われたけど、無理だから断った」
「付き添いなんか要らねえ。何バカ言ってんだ」
うーん、この人もわかってはいない。
やがてCWさんが戻ってきて、
「やはり患者がヘルパーを外部から入れるというのは前例がありませんので」
ダメということらしい。
「ではこの地域の、地区包括支援センターを紹介してください」
「はい? 何センターですか?」
自治体によって呼び方が違うのかな? 地域包括とか。それとも院内CWさんの場合、院外の介護制度のあれこれは守備範囲外なのか。ともあれ、
「高齢者介護のプランを考えてくれる相談センターです。そこへ行って事情を説明し、認知症専門の心身医療科医を紹介してもらいます。医師の診察を受けて、医療保護措置として、ヘルパー派遣を病院に許可してもらえるよう、診断書を書いてもらいます」
半分は出任せである。心身医療科の医師が、軽度認知症の患者の眼科入院ために、診断書を書いてくれるかどうか、自信はない。だが地区包括と医師に事情をよく話して、懸命にお願いすれば、書いてくれそうな気もする。まあ、ちょっとした賭である。
なんとしても、私自身がこの病院に釘付けになるような事態は避けなければ。
「……ちょっとお待ちください」
CWさんはまたどこかへ立ち去った。
今度は長かった。そのあいだにGちゃんは院内のスタバでカフェランチ。Bちゃんが家でオロオロと、Gちゃんを探して泣いているかもしれないと思うと、私のほうはコーヒーの味なんてわかりゃせん。気が急いたが、どうにもならず。早く頼んますCWさーん。
小一時間でCWさんが面談室へ戻ってきた。どうしたんだろう、笑顔である。
「事務と相談してきました。入院中に付き添いが必要な状態になりましたら、ヘルパーは病院で手配します」
はい? 急転直下?
「えーと。それはその、とりあえず今回は、付き添わなくていいってことですか」
「そうです。G様の今後の状態を見て、付き添いが必要かどうかを随時判断します」
おお。助かります
「それでもしG様に付き添いが必要となれば、病院側で手配し、退院時に料金を請求させていただきます。よろしいでしょうか」
「はい。そうしてください」
わあ。ヒョウタンから駒とはこのことか。じつに助かっちゃう結末となった。
CWさんの話では、
「入院中に何かとトラブルを起こして、入院費不払いのまま無断で退院したり、院内で暴力をふるったりする。そういう高齢者が増えていますので」
そういえば、院内のあちこちに、院内暴力についての注意書きが貼ってある……。
高齢者の暴力は、病院にとって業務に差し支えるほどの脅威であり、業務妨害なのだろう。当初の対応が厳しかったのはそのためと思われた。
「ですから認知症の患者様の場合、念のためということで、ご家族様に付き添いをお願いするのですが……今回は病院で手配をします。この次の入院のときはご家族様付き添いでお願いしますね」
うへえ、Gちゃん、もう二度とこの病院へは入院できないぞ。
拒絶反応で角膜剥離しても、もーアカン、そのときは諦めてもらいたい。
「病棟も大変なんですね、色々と」
「ええ、そうなんです、色々とね」
高齢者の治療と院内介護。
今のところ看護師さんが、看護も介護も両抱えである。さぞや負担は大きかろう。今後、高齢者が増えるにしたがい、医療問題のひとつとしていずれ社会に浮上してくる大きな課題かもしれない。
話を聞いているうちに、CWさんの表情も和らいできた。
「お時間とらせてしまってすみませんでしたね」
「ア、はい、いえ」
「では、この体勢で、患者様をお預かりします」
「よろしくお願いします!」
ああ、良かった……。
もしかしたらこの厳しい(優しい?)雰囲気のCWさんが、事務方を説得し、例外を認めさせてくれたのかもしれない。彼女は何も言わないけれど、話の前後から察するに、たぶんそうなのだろう。本当にありがたいことである。
*この入院時の対話があったのは介護制度がまだ充分に行き渡ってはいなかった頃です。
今はヘルパーさんとは呼ばないですし、お仕事名は介護士さんですね。
また、現在のCWさんは介護への理解度や解決方法等についてこの頃とは違ってもっとずっと詳しいと思われます。
入院時や退院後の患者のことなど、相談に乗ってくれますし、頼りになります
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