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ドーパミン彼女 後編

「お父さんから聞いたことないですか?
 自分でドーパミンを出す方法があるって」

そんな話しを父から聞いたことはあるが そんな方法あるならもっとして自分で治したらいいやんと思い アホらしくて真剣に聞いていませんでした。内容のことなど全然憶えてなかったのでそう答えると

「そりゃそうですよね。どう考えても おかしいよね」

と言いながら 小声で私に話し始めました。

「お父さんの病気の進行速度がゆっくりだという事は知っていますよね」

と聞かれ私が軽く頷くと

「それがヒントなんです」

と先生は言いました。

「パーキンソン病の治療における副作用はいろんなものがあるのですが その中で依存症があるのは ご存知ですよね。
 ギャンブルやお酒など快楽を求める行為が代表的です。
 まあ 簡単に説明すると足りないドーパミンを求めて
 のめり込んでしまって辞めれなくなってしまうみたいなんです。

 ドーパミンを増やす行為自体は依存症と同じことかもしれないが、パーキンソン病の患者さんとそれ以外の人とでは意味あいがかなり違うのです。

 どう違うかと言うと ドーパミンが足りない人が補うという事と、ドーパミンが足りてる人がより欲しくなる というのは
 前者はないものを薬で補填する 
 後者はだいたいこころの病気です。

 ドーパミンを自分で増やすと言う行為はいろいろな弊害があるとけれど 上手くすれば治療に活かせるんじゃないかと思っていたんです。

 それもお父さんの話しがもとなんですよ。

 今までにそういう話しをされる方が何人かおり お父さんと同じく病気の進行が遅いのです。
 けど裏付けもできていませんし そんな話しを学界に発表する勇気もなかったのでずうっと自分の中にしまっていました。

 お父さんとは医者と患者の関係だけなんですけど、もうかれこれ 二十年以上診察さしてもらっていて、そんなに長くなってくると 私もそんな患者さん初めてなもんで。
 なんか友達みたいな感覚になっています。
 けどこんな彼になってしまって やはりかなしいし、少しでももとに戻れたらという想いからなんです。

 時間があるときなんかは症状以外のことも話しもすることもありました。
 彼の独特な話しかたでポツリポツリと話す話しが面白くて、なんていうか 自慢話のような自虐ネタをまた聞きたいんですわ」

「そういいはりますけど 先生 実際には どうするんですか?」

「鍵は仕事を引退する前後期間にあると思うんですが」

「どういうことですか?先生!」

「よく楽しかったといってたし元気になったらまたやりたいと言ってたのでその中のどれかなんですけど」

「それだったら 悪い遊びばっかりじゃないんと違うのですか?」

「そうなんですが その中に必ず大丈夫なものがあるかもしれないので 有れば それを彼から聞き出して欲しいのです」

その話を聞いて

本当にそんなことで改善するんだろうかという不安のほうが大きかったです。

「諦めたら そこで終わりや 諦めへんかったら だれかが助けてくれたりして どこからかなんかいい案なんかがでてきてくれて、なんやかんやうまいこといくねんなぁ」
と父が元気な頃によく言っていたのでそれを信じてみることにしました。

幸い私の事はちゃんと理解できるみたいなので、とりあえず父に聞いてみます。

最初は私の方が父に聞くのが恥ずかしく、なかなか核心的なこと聞けなくて、子供の頃 野球が好きだったのに 丸坊主にするのが嫌でクラブに入らなかったとか、友達が欲しがるもんは大概持っていたとか、小学生の頃から目立つ存在でよくモテてたとか、そんな自慢話から始まりました。

核心の話が聞けるまでのあいだ いろいろと本人からエピソードを聞きましたが、学生時代編、社会人編、夫婦編があり どれも 意外と面白く、本来の目的も忘れてしまっていました。

ある日 なぜ話しが面白いのかと聴くと 本人曰く 自慢話におちをつけるから、イヤミになれへんし、夜のお姉さんと話する時に こんな話をすると すぐに仲良くなれるねんと 私にまで自慢する変なおじさんだったことが判明しました。
そういうところが また女性にウケるのではという気がして、変に納得しあることに気が付きました。

回りくどく聞くから なかなかわからなかったのです。
いろんな話しを聞いてから 忘れてしまっていた本来の父の性格を思い出しました。
父には直球勝負すべきなのです。

「パパが今までで 一番楽しかったことって なに?」

「そりゃーお前が生まれて お父さんになれて 嬉しかったし、お前が居ったから 仕事も頑張ってこれたし、小さい頃お前と 近所の公園にいくのが一番楽しかった。

 パパ いこ〜 ってゆうて 俺の手を引っ張って、ほとんど 毎日のように 行ってたかな。
 ほんと 楽しかった。戻れるものならあんときに戻りたいわ。
 けど だんだん 大きくなってくると パパとママがよく喧嘩したせいだと思うねんけど、あまり パパ〜 パパ〜ってゆうて あまり 寄ってきいひんようになったやろ?」

「そりゃ~  そうやん。(一番 ドーパミンでそうやけど…タイムマシンないしなぁ)
 だんだん 大きくなってくるとなんか恥ずかしいやん。
 人混みなんかで この歳なって パパ〜 パパ〜ってよってったら絶対 愛人と間違われるでぇ。
 そう 思えへん?」

「それもそうやな。そやし お前が大学生の頃 ほんまにあったわぁ
 思い出した。その頃はなんかこうて欲しい時だけ パパ〜 パパ〜と寄ってきて。
 実際 二人で 服屋に買いに行ったときに パパ パパ〜これ買ってと言ったとき 横にいた店員が にたーと笑い、俺を見て またにた〜っと 笑いよんねん。
 絶対親子とおもてへんかったわ。
 そんな笑いやったから 俺 ゆうたってん。
 お姉ちゃんに  俺の娘やで!
 そしたら『えーほんまですか?マジで〜 彼女さんかなっとおもてました』
 って 言うてたわ。

 そうやった。そうやったわ。そうや その時
 こそっとその店員に聞いたってん!
 そんなことしそうに見えるって聞いたら
 見える 見える だって カッコいいですもん。っていいよるねん。
 お前と一緒じゃなかったら絶対 誘っとったわ」

「どうせ また違う日に行って 誘ったんと違うん」

「いゃ〜行こうと思っていたけどたぶん行ってないわ。
 なんか もう いろんなこと忘れてしまった気がするわ」

「それやったら もうええわ。
 私が聞きたいのはもっと楽しかったことで〜

 前にゆうとったやん。

 パーキンソン病と診断されて 今まで 一生懸命やって来た結果が病気になるなんて なんか全てがアホらしなってきて、家族もいるのに、ほとんど 家にも帰って来ず お金もかなり使って 遊びまくった時があったってゆうてたやん。
 ほんで楽しかったってようゆうてたやん」

「そやねんなぁ。 こんな病気なったんは いろんなことを我慢し過ぎて なったんとちゃうんかなと思ってん。
 今までしてきたことをそのまま続けていくことに価値を見出せなくなったことと 一番は身体が動かなくなっていく恐怖を忘れる為に したいことはし 欲しいものは手に入れる そんな生活を始めてしまってん。

 けど ほんま楽しかったわ〜

 ミナミによく飲みに行ってんけど、ちょっと身体が動かし難くても もう酔うてるといえば誰も気にしないし、自分でも病気のこと忘れられるし お姉さんと話しをするだけでも楽しかったで〜」

「ハイハイ~
 そんな話しで納得する子供とちゃうで!
 パパ!いろんな人と付き合ってんやろ?
 ママに内緒にしといたるから ゆうてみ!
 また 逢いたいなぁと思ってるひとっておるやろ?
 どんな女性やったん?」

「そんなんいてへん。飲み屋のお姉ちゃんと話すだけや
 なんで 娘のお前にそんな話しせなあかんねんなぁ〜
 勘弁してくれよ」

「前からずっときになっとってん。
 そんな人がおったんとちゃうかなって…
 もうママもいて…

 そん時だけやねんやろ
 もう おわってんねんやろ
 それやったら もう時効やんか
 教えて 教えて!」

「なんで娘にわざわざそんなこと言わなあかんねん」

「そこをなんとか お願い」

「いやや」

「お願い
 教えてくれへんかったら もうパパの世話せえへんで」

「も〜しゃーないなぁ ちょっとだけやぞ
 絶対 ママに内緒にしててやぁ 頼むで〜〜」

「了解です!ほんで」

「なんかそんなに構えられたらいいにくいなぁ

 そやなぁ。もうエエか。絶対内緒やで
 なにから話そかなぁ?

 ほんの半年ぐらいの話しやねんけど
 ずっと心に残っていて 今でもいろいろと
 思い出すお姉さんがいてるねん。

 きっかけは あるBARで知り合ってんけど、初対面やのに 昔からの知り合いみたいな雰囲気になっ て すぐに仲良くなってん。
 その頃は やけになって 遊んでいた時期だけど 面倒なことも嫌だったので 俺は結婚してるし 子供もいてる それでもよかったらって感じで始まった。
 直ぐにまた約束してその店で会うようになったけど 最初から奥さんに申し訳ないのですぐに別れなければならないと彼女は言っていたが………

 俺が別れるのが嫌だと言って 先送りにしてたが  半年後 やっぱり私も結婚もしたいし子供も欲しいので 奥さんのもとに帰ってあげて  生きていてくれるだけでいいと言っている奥さんには私敵わない。
 だから もう会わないと言われ  俺はグズグズ言ってたが かなり彼女の意志が固かったんで 結局別れたんや」

「ふーん そんな事あったんや
 それから もう会ってないねんね!」

「ぜんぜん」

「今でも 会ってみたい?
 その人と」

「いいや
 そんなこと言うたら ママに悪いやん。
 今まで いろいろと世話になってるのに…

 そんなことしたらママに対して 申し訳が立てへんわ
 身体が動かなくなってから 今まで
 もうママはなんというか妻というより俺の家族やという感じやねん
 ほんま感謝してるからそんなことはもう考えへんし
 もう 傷つけたくないねん。

 そして彼女の思いを大事にしたいんや」

「わかった……
 けど なんやのん?彼女の思いって……
 気になるわ〜けど どんな人か気になるわ〜
 なんか残ってないのん?
 もしかして そのタブレットに入ってない?

 それからは全然会ってないねんね?
 ほんまやね」

「もうそれっきりや」

「ふ~ん
 わからんなぁ〜

 ちょっと貸して!
 そのタブレット」

「あかん
 あかんて〜
 やめてくれよ〜

 なぁ〜 頼むから!」

「え〜っと
 やっぱり 暗証番号はいつも通りやね」

「あかんて
 親子でもプライバシー侵害やぞ〜」

「ハイハイ 訴えて下さいな。
 えーと どこかなぁ
 まさか  写真のとこには 入れてへんやろなぁ
 そう簡単にはでてきいひんやろやろな」

「なぁ! おい!
 いい加減にしてくれへんか?
 もうそんなんはない」

その後 私には聞こえないくらいの小声で

「もう勘弁してくれよ
 探されたら すぐ見つかるわ〜

 けど なにしよんやろ
 もう時効やし もうどうでもええかなぁ

 でも また 会ってみたいな
 けど もう 会わないと約束したしなぁ

 それぐらい守らんと 彼女にも 申し訳たてへん」

と言ってました。
しばらくの沈黙のあと

「今日はもうしんどなったから もう寝るから もう勘弁して」

そう言って、本当に寝てしまったのです。

私の知りたいことは全てタブレットに入ってることもわかったので、その日はもう帰ることにしました。
もちろんタブレットも一緒です。

家に帰ってから 捜索活動を始めましたが 使われてる暗証番号がほぼ一緒だったので簡単に情報は入手でき 問題の彼女はすぐに特定。
情報も入手できたので すぐに連絡取ろうとしましたが

なかなか 度胸が付かず 夜十時ちょっと前に
思い切って電話をかけました。

父の名前を言って その娘だと話すと かなり動揺してるようでした。
でも 父の病気の状況を聞いてきたりしたので 現状を話して、なぜ 今回 こういった連絡をしたのか説明しました。

「そっかぁ。 私のこと…怒ってない? 福ちゃん?」

(この人私の名前知ってる。パパ何でも話していたんやな)

「いえ 当時知っていたらわかりませんが 後から知った事ですし、
 もう母もいてませんので 何も思ってないと言ったら
 うそになってしまうから そうは言いませんけど
 今の気持ちとしては 怒る気にはなりませんです。

 それより 父が今でも思いを寄せる人がどんな女性か会って 話してみたい気持ちの方が強いです」

「ありがとう……でも 少し考えさしてください。必ず私の方から連絡しますので少し時間もらえますか?」

「いいです。待ってます。今日は 突然の電話ですみませんでした」

その後 彼女からの電話がなかなかかかってきませんでした。
一週間ほど経って もうダメかなぁと諦めかけたころに 彼女から電話がありました。

その内容は
連絡をもらったあと  いろいろと考えてしまい連絡が遅くなってしまったことと いろんな事情で今は実家に居ていつでも時間が取れるという事でした。
明日は土曜日で仕事が休みなのでさっそく次の日会うことになりました。

待ち合わせの場所は  中之島のバラ園 。
なぜ ここになったかと言うと 彼女が今日 ここがいいというので決めたのです。

約束の時間は午後一時。ちょっと早めに行って 園内のバラでも鑑賞しようと思い 来たのに まだ殆ど咲いていません。
仕方なく プラプラしてると  園内にちょっとした食事ができるお店があり オープンカフェになっていたので  そこで コーヒーを飲むことにしました。

平日なら 昼休憩でサラリーマンやOLで賑わってるかもしれませんが今日は土曜日でオフィス街にある会社は殆ど休みやし まだ バラも咲いてないし もう四月やというのになんか肌寒いのであんまし ひとがいてないわけかなと変に納得して ボーっとしてると橋の中央にある階段を降りてくる 女性がいます。

あっ  彼女だ。

十二年程前に撮られた写真の彼女しかわからないので  体型などがあまりにも変わっていたらわからなかったが ほぼ写真のままでした。小柄で上品そうな雰囲気があまり変わってなく すぐにわかりました。

こちらから 声を掛けようか どうするか 迷っていると 彼女の方から こちらに近づいてきてぺこりと頭を下げました。
最初は やはり気まずい雰囲気になったので どうしたらいいか少し焦りましたが 共通の話題すなわちパパの話をしてるうちにすっかり打ち解けた感じになったので今回の計画を話すことにしました。

「福ちゃんのパパに会っていいの?
 ほんとにいいの?
 テツヤくんに会っても?」

「パパを元気にしてください。
 私ではダメなんです。
 お願いします」

「お願いしますなんていわんといて。
 是非 協力させてください お願いします。と言わせてほしい」

「ありがとうございます。
 頑張ってみるわ」

娘としたら 正直なところ複雑なおもいがあるがパパが少しでも良くなるとを願って 彼女の都合のいい日を確認し、来週の同じ時間 この場所で決行することにしました。

来週なら 薔薇も咲き始めてるそうです。

ようやくこの時を迎えることができました。

「久しぶりやなぁ。この公園……
 昔来たことあんねん
 俺なぁ ここの薔薇みて ガーデニング始めてん」

「ふーん そうやったん

(もしかして あの彼女と来たんかも)

そやけど もういいか〜」

「何がええねん?」

「関係ない。関係ない。こっちの話や」

「今日は天気もええし
 気持ちええなぁ。
 ほんで散髪屋に行ってサッパリしるし」

「そりゃ〜よかったねぇ〜  まだここに居てる?居てるんやったら
 ちょっとトイレ行ってきてもいい?」

「大でも小でも好きなんしてきぃ〜  花みて寛いどくわ!」

「そしたら ちょっと待っといて」

(なんやねん このおっさん デリカシーなしやわ)

「こんにちは 」

「えっ〜  なんで! えっ……」

「久しぶり!テツヤくん……
 私のこと 覚えてる?」

「えっ ホンマか〜
 覚えてるも なにも
 いつも どっかで 偶然でもいいんで
 あの歌のように 会えたらなって
 とおもとった」

「中村雅俊のあの歌やね」

「逢いたかった……」

「元気?

 ごめん 元気じゃないよね!
 髪の毛も白くなって……
 いろいろあってんやろね

 もう どれくらい経ってんやろ
 もう すっかりおばちゃんやろ?
 私もいろいろあってん」

「なんで ここに居てるん?なんで〜?
 ビックリしたわ

 え〜 けど なんでもええわ。

 俺もずっと逢いたかってん
 けど もう逢うことはないとおもとったわ」

暫く沈黙のあと

「今日誰かと一緒やろぅ?」

「違う…ひとりやよ」

「ちょっと話でもせえへん
 でも あかんなぁ

 娘と一緒やねん」

「大丈夫! 娘さんには了解とってある

 せやから
 今日はいっぱいいっぱいお話ししよぉ〜」

あの日以降 父の体調は良くなってきてるのがわかります。

もう薬も効かないカラダだったのに…

彼女と逢ってから 様子がかわったのです。

まるで彼女はパパだけに効くドーパミンだったわけですね。
これから あの人をドーパミン彼女と呼ぶことにしよう。

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