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当たり?はずれ?

 昭和40年代はいろんな楽しい思い出があるが、半世紀も前の事なので、なかなか正確には思い出せないが、少しフィクション部分も足しながら、少年時代のネタを発表していこうと思う。

 1970年代、現在と比べて子供の数が多く、それに比例するように児童公園や、駄菓子屋がたくさんあった。特に私の生まれ育った下町中の下町では。
 たいていの子供らは学校が終ると、公園で遊び、駄菓子屋で身体に悪そうなお菓子をむしゃむしゃ、がしがし食べていた。たくましい!
 また、流行っていたのは、アグネス・チャンやキャンディーズをはじめとしたアイドルのブロマイドのくじ。1回いくらだったか忘れたが通常はL判くらいのサイズだったと思う。そのサイズでも「フィンガー5」が出てくれれば私の中では大当たりだったが、なかなか出ない。
 ブロマイドのサイズは2等はB5サイズ、1等はA4サイズで、1等が当たったところなど見たことが無い。
 小遣いで毎日のようにくじを引くが、フィンガー5はなかなか当たらない。山本リンダはもう5枚もある。今考えたら、子供にはリンダの良さはわからないだろうと思う。
 しかし、ある日、奇跡が起きた。なんと1等が当たった。小学低学年だった私はまわりにいた高学年の子供たちに、まるで、「HERO誕生」といわんばかりに、はやしまつられ、十数人に囲まれた。駄菓子屋のおっさんが封筒に入った5枚のA4サイズを目の前にババ抜きのように構えて、1枚引くようにニヤニヤしながら言ってきた。まわりの子供達もドキドキしているのがわかる。1枚を渾身の思いを込めて引いた。「おぉー」という訳のわからない歓声があがる。取り巻き達は早く見せてくれと煽った。 
 そしてその時が来た。このサイズでフィンガー5だったらと願いながら。
 わざと、じらしながら、ゆっくりと、出した!
 皆がシーンとなった。ある子供が言った。
 「坊主やで、おい! 紫の学ランやで、おい!」
 「誰?」 右下すみに書いてある。❮藤 正樹❯と書いてある。
 「あーあ可哀想に!」 これは、当たりなのだろうか。家族にも笑われた。
 大事にしていたが、どこにいったかわからない。
 藤正樹が出て以来アイドルブロマイドくじは廃れていったような気がする。

ブロマイドは無いので描いて見た


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