魂の声を聴け。魂は全てを知っているんだ。「さとりをひらいた犬/ほんとうの自分に出会う物語」無料公開/第3話
主人に仕える勇敢な猟犬・ジョンが主人や仲間から離れ、「ほんとうの自分」「ほんとうの自由」を探しに、伝説の聖地・ハイランドを目指す物語。旅の途中、多くの冒険、いくつもの困難を乗り越えながら、仲間や師との出会いを通じて、聖地・ハイランドに導かれていく。そして、ついにハイランドへの到達を果たすことになるのだが、そこでジョンが見た景色とは…。
【第3話】
僕?
僕?
ほんとうの僕?
ほんとうの僕って、なんだ??
ダルシャの深い声が僕に響く。それはまるで、何かを突き動かすドラムのように、低く、強く、ずんずんと胸の奥底に響いてくる。
なんだ、なんだ、この感じは?
「お前さんが今の生き方で十分に満足なら、それに越したことは無い。だが、よく自分に聴いてみるんだ」
「な…何を聴くんだ?」
「今の自分は“ほんとうの自分”なのか? “私は、私の人生をほんとうに生きている!”と言うことが出来るか?」
ダルシャはそこで一度言葉を区切ると、僕の目をじっと見つめながら、さらに聞いた。
「 “これが私だ。これがほんとうの私なのだ!”と、いまの自分を、一片の疑いもなく、自分という存在に対して胸を張って言い切れるか?」
「そ…それは…」
それは…言えない、と心のどこかで声がした。その瞬間、涙が出そうになった。
なんだ、これは!
「ジョン“生存している”と“ほんとうに生きている”とは、存在の形態が違うのだ。今の君は生存しているだけだ。生きてはいない。それに気づくんだ」
「僕が、生きていない?」
ダルシャはそれに答えずに、話を続けた。
「ほんとうの自分とは何なのか? ほんとうの自由とは何なのか? それを知りたくはないか?」
ほんとうの、自分…?
ほんとうの、自由…?
ダルシャはそこまで話すとゴフッと咳をした。ダルシャの口から血があふれてきた。
「大丈夫か…」
思わず声をかけてしまったけれど、それは猟犬が獲物に言うセリフじゃなかった。ダルシャは大きく深い蒼色の目を細めながら言った。
「いいんだ。俺の命はもうすぐ終わる。それは気にするな。だが、あまり時間がなさそうだ。その前にお前さんに言っておく。俺は北の大地から来た」
「北の大地…」
「そうだ。ここからはかなり離れたところだ。そこはハイランドと呼ばれている『俺たちの故郷』がある。俺みたいな狼族だけじゃない。お前さんみたいに人間に飼われていたやつらも、ほんとうの自分を探しにやって来る。ハイランドは、ほんとうの自分、ほんとうの自由に目覚めた者のみが、たどり着ける場所なのだ。ほうぼう旅しながら、そういうやつらへの【道案内】をすることが俺が選んだ生き方さ」
「道案内…」
「そう、道案内だ。だからもし、俺の話でお前さんの心の中が少しでもざわついたなら、お前さんに俺の最後の招待状が届いたってことだ」
「最後の…招待状…」
「ジョン、『魂の声』を聴いてみるんだ」
「魂の声…?」
「そして、もし、“ほんとうの自分”を探す決心がついたならば、ここから北へ進むとベレン山という山がある。そこに行け」
「ベレン山? そこには何が?」
「焦るな、物事には順序というものがある。行けば分かる」
そこまで言うと、ダルシャはまたゴフッと咳をし、大きな血の塊を吐き出した。
「ダルシャ…」
胸の奥深くに熱くほとばしる何かが、ごごご~っとこみ上げてきた。
その熱いものは「行け! 行くんだ、ジョン! ほんとうの自分を探し出せ!」と駆り立てているようだった。
これが、魂の声…?
遅れてきた仲間たちの鳴き声が、遠くからだんだん近づいてきた。
ダルシャは深い蒼色の目で僕を見つめながら、優しく言った。
「すべては決まっていたことだ。今日、俺がここで銃に撃たれ、お前さんと出会う、ということもね。じゃあな、ジョン。お別れのときだ。いいか、迷ったときは魂に聴くんだ。魂はすべてを知っている」
「魂は、すべてを知っている…」
「そうだ、忘れるなよ、ジョン」
そこでダルシャはニコッとと微笑むと、澄み渡った大空を見上げた。
「俺はあっちの世界に行く。俺は俺の人生を生きた。ほんとうの俺を生きた。精一杯、生きて生きて、ほんとうの俺を生き切った。何て幸福な一生だったんだろう。神よ、大いなる存在よ、感謝いたします、ほんとうに、ほんとうに、ありがとうございます」
そしてまた、僕を深く澄んだ蒼い目で見つめた。
「ジョン、俺の最後の話を聞いてくれて、どうもありがとう」
言い終わると、深い蒼色の目から生気が抜けていった。僕はダルシャが死んだことを悟った。
さっきまでダルシャだった存在は、生気をまるっきり失って、ただの物体になってしまった。
遅れてきた仲間たちが走ってやってきた。
「ジョン、なんだ、コイツは。バカでかい犬だな」
息を切らしながら、親友のハリーが言った。
「犬じゃない。狼だ」
「狼か…でかいな。初めて見るな」
ちょっと元気の無い僕に気づいたのか、ハリーが問いかけてきた。
「どうしたジョン、いつものお前らしくないな。もっと喜べよ。お前の手柄だぜ。どっかやられたか?」
「いや、大丈夫だ。どこもやられてない」
僕の声は、自分でもびっくりするほど、小さかった。
仲間の犬たちは口々に大きな遠吠えを上げ、ご主人様に場所を教え始めた。しばらくすると馬に乗ったご主人様が従者二人と、獲物を乗せる馬をもう一頭連れてやってきた。
「おお、狼か、大きいな! これは上物だ。このあたりで狼は珍しいぞ。毛並みもいいし貫禄もある。何よりこの蒼い目がいい。この目つき、こいつは相当な歴戦の猛者だな。これは他の連中に自慢できる。ジョン、またお前の手柄だな。帰ったらご褒美をやろう」
そう言うと従者に
「運んどけ」
そう言い残し、次の狩りに向かってまた走り去って行った。
仲間の犬たちは、ご主人様に遅れまいと口々に吠え立てながら、後を走っていった。僕が走りながら後ろを振り向くと、従者が二人がかりでダルシャを粗雑に馬の背にほうり投げていた。
僕はそれを見て、とっても悲しくなった。
第4話へ続く。
僕の肺癌ステージ4からの生還体験記も、よろしければ。
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