3/8(月) 死ぬのが怖いのは良いことだという話

今日やったこと

・日経朝刊読む

・オンライン英会話

・ジム(胸、三頭、腹筋、有酸素25分)

・バイト打ち合わせ

・TOEFL英単語

・読書


メモ

全く病んでるわけではないが死ぬのが怖くなることがちらほらある。

たまーにほんとに通り魔とかにある日唐突に殺されたりしたらどうしようみたいなことを考える。

ニュースでたまに流れてくる以上自分がそういう事件の当事者に必ずしもならないとも限らないわけで。

謎に警戒心がMAXになることがあり、夜道を歩いてて後ろに人が歩いている時にわざとその人を追い抜かせたり、避けて歩いたりすることがある。別にその人に後をつけられているわけでもないのに。

DEATH~死とは何か~というイェール大学の教授の著書の内容が割と印象的だ。

まず前提として我々は未知の、得体の知れないものが怖い、だから死が何なのかが分かれば死ぬのも怖くないという主張内容だ。

得体の知れないものが怖いというのはまさに現代のコロナそのものだったりコロナワクチンに対する最近の風潮なんかが当てはまる。

そして死は、単純に自分がこの世の生まれてくるまでの状態、いわばずっと眠っていただけの状態に戻るだけ、というのだ。

確かに死んだ後の世界というのは、自分が胎児だった頃、それより以前と同じ状態ということになるかもしれない。

とは言えじゃあ死は怖くないのかと言われると僕はまだ怖い。

それがなぜかというのもこの本には述べられていて、いわゆる死の剥奪説というもの。

すなわち死ぬことによって生きていたときには出来ていたことがたくさん一生できなくなってしまうというところだ。

自分がまだまだこの先やりたいことがある、ワクワクしているとすれば自分が死ぬのが怖くなる。そして他の人と一緒にまだまだやりたいことがあるとすればその人が死ぬことも怖くなるということだ。

自分が死ぬのが怖いというのは勿論のことながら、僕は自分の両親や飼い犬が死ぬこともたまに考えて怖くなる。

全部まだまだ自分の人生がこれからで、自分のこれからを両親や飼い犬に見ててほしいという思いが強いからなんだろうなあと思う。

自分の人生についてワクワクしている気持ちが強いだけに、たまーにこの人生がブツと切れてしまうんじゃないかという恐怖を感じてしまう。

それくらい自分の人生にポジティブな気持ちになれているということなのでそれも良いことと捉えられるのかもしれない。


死生観については藤井風の「帰ろう」という曲がとても心にしみる。

死とは帰るべき場所に帰るだけ。そこには何も荷物は持って行かなくていいので全て与えて帰ろうというメッセージがとても素敵だなあと思う。

自分もやりたいことを全てやり切って、というかやり切ったと自分を認めてあげた状態でこの曲の歌詞にあるような心情で最期を迎えられたらいいなあと思う。

ああ今日からどう生きてこう。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?