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野菜が育ち、届くまでの民主的な道のり

いろいろあったはずなのに、印象的だったことが、どうにも思い出せない。そんな1年だったのが2021年だ。1年前と言われて思い出そうとすると、うっかり2020年のことを挙げそうになる。時間の感覚が崩れてしまっているのはコロナのせいか、歳のせいなのか。

それでも、そういえばと思えることが1つある。野菜だ。2021年の夏ぐらいから、毎週末、1つの農園から野菜を定期購入するようになった。

僕が参加することになったサービスは、その名をへーレンブーレンと言う。ヘーレンブーレンは、オランダで数年前に始まり、徐々に数を増やしつつあるユニークなコミュニティファームだ。参加する者は、協同組合組織メンバーの出資者となり、共同でファームを運営する。といっても、実際に日々の農作業作業を中心になって行うのは、組織として雇うプロのファーマーだ。

この仕組みは、現代の農業の現状を憂い、より自然に優しく、自律的な農業と人の関係をつくっていきたいと願う人たちによって始まった。2016年に初めての農場ができ、今ではオランダ国内で10カ所を超える(国外にも広がっている)。土地の値段が高く、世界的にも集約的農業で知られるオランダの地でこうした仕組みが広がっているのは、かなり「奇異」なことだ。農地を確保するために、わざわざ全国組織の財団をつくるなど、さまざまな工夫をしている。違う言い方をすれば、農業の行き過ぎた近代化・効率化を危惧する市民が相当数いるのだ。

協同組合の会議

僕が参加しているへーレンブーレンは、2021年3月に組織が立ち上がった。ゼロからの立ち上げだ。メンバーを集め、代表グループを選出し、土地を借りる手筈を整え、ファーマーを雇う。毎月1回開かれていた、オンライン会議では、進捗が議論されていた。どんな人が立候補しているのか、作付けの計画はどこまで進んでいるのか、お金は流れはどのような算段になっているのかがわかる。(僕は主に毎回まとめられる議事録を翻訳して状況を把握している)

協同組合なので、全てのメンバーが会員メンバーだ。約200家族にそれぞれ投票権がある。とても民主的なのだけど、一方で、民主的であることって本当に面倒なのだなということも身にしみてわかった。コアメンバーの皆さんの努力には頭が下がる思いだ。

初収穫

6月から、ついに畑が開墾された。元々牧草地だったところなので、開墾することから始めなくてはならない。オンライン会議では、8月ぐらいからの収穫になりそうだと聞いていのに、7月の末に初収穫・初配給が決まった。

記念すべき初配給は、自転車で取りに行くことにした。1時間以上かかるが、天気も良いし大丈夫だろうと思って出発したが、思いのほか遠かった。それでも、多くのメンバーたちの努力の成果が結実した記念すべき日であることが嬉しくて、頑張ってペダルを漕いだ。

農園に着いてすぐ、このへーレンブーレンに参加するきっかけとなったアジア系オランダ人のおばさまと出会えた。とても嬉しそうだった。忙しいらしく、二言、三言話しただけで、すぐにどこかに言ってしまった。

初めての野菜は、フダンソウとパクチョイ(大きめの青梗菜のような野菜)、3種類ほどのハーブ少量だった。思っていたよりも少なかったけれど、嬉しい。開墾から短期間での収穫にしては上々の出来なのだろう。

畑の方にも行ってみた。配給場所の元牛舎から少し離れたところに畑がある。畑に向かう道ですれ違ったオランダ人の男性と話した。10歳くらいの男の子と一緒に来ているお父さんだ。そのお父さんに「もらった野菜、何て野菜かわかるか?」と聞かれた。僕が、「家に帰って、検索する予定」と答えたら、すかさず「僕もだ」と返された。地元のオランダ人にとっても、新しい経験となっているようだ。

畑は、元牧草地。だだっ広い畑だ。メンバーの人たち10名ほどが、3箇所ほどでせっせと収穫作業をしていた。農作業は、直属ファーマーとして雇われた若い夫婦が中心に担う。しかし、この2人だけで全ての作業を終えられるわけではなく、多くのメンバーのボランティア労働があってこそ、成り立つ仕組みになっている。

初配給の日は特に忙しそうだった。収穫に、仕分け、洗浄、受付、野菜の手渡し、駐車場の案内、雑談、などなどいくらでもやることはある。

帰宅、実食

その夜、早速パクチョイをいただいた。茹でたてをつまみ食い。うまい。採れたて野菜を食べるのはほんと久しぶりだ。と書きながら、そもそも僕の人生のなかで、採れた野菜をその日のうちに食べる経験は、数えるほどしかなかったことに気づく。

名前の分からなかった野菜は、フダンソウだということがわかった。日本語でも初めて聞いた野菜だ。ネットで検索すると、ほうれん草と同じように扱えば良いとあり、茹でたり、卵と一緒に料理したりして食べた。

ご近所の助け合い

我が家がへーレンブーレンに参加するにあたって、1つ問題があった。自家用車がないのだ。毎週末自転車で農園に通うのは辛い。特に一度行ってみて、その大変さが身にしみた。雨が降ったり、寒くなったりしたらさらに大変になる。

しかし、初配給のすぐ後に、ご近所助け合いネットワークを作ろうというメールがやってきた。メールには、同じ地域に住む30名ほどのメールアドレスがccされている。僕ら家族も自転車で10分圏内の3家族とグループを結成し、早速、次の週末は代わりに野菜をもらいにいってもらえる事になった。とてもありがたい。

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野菜が届くまでに関わる多くの人たち

このへーレンブーレンという仕組み、実際に参加してみると、効率の面では通常の野菜購入に敵わないことがよくわかる。普通にスーパーで有機野菜を買った方が楽だし、もしかしたらお金もかからないかもしれない。

2021年の夏以降は、毎週のように、へーレンブーレンで採れた野菜を食べてきた。自分自身の意識も変わった。特に変化を感じるのは、野菜を取り巻くシステムに対する意識だ。

へーレンブーレンの野菜は、スーパーで買う野菜とは違い(今もスーパーでも野菜・果物を買っている)、誰が計画して、誰がつくって、誰が収穫して、誰が運んでくれるのか、ということがより近くでわかる。そのシステムに僕自身があまり貢献できていないことも含めて...(だから、いっそうありがたみが増す)。野菜の多少の変形や虫くいだってまったく気にならなくなった。食べ方がわからない西洋野菜も、なんとか美味しく料理していただきたいと思う。

小さな頃から「お百姓さんが頑張って作った食べ物を・・・」と何百回言われてきたかわからない。やっと、その姿を少しだけ具体的に想像できるようになってきたと思う。

野菜の定期購入をし始めただけで大袈裟すぎる表現かもしれない。それでも、実際に協同組合のメンバーとなり、食べている野菜の裏側を知ることで、ここまで意識が変わるのかと自分自身の変化に驚いていることも確かだ。


参考①:へーレンブーレンのサイト。実は、Herenboerenのオランダ語の発音はもっと複雑で、カタカナで表現できない(正確に聞き取れない)。

参考②:アーバンファーマーに関する本。Herenboerenはアーバンというよりサバーバン(郊外)だが、似たような実践、共通する話題が取り上げられている。都市で何か農的な実践を始めたいと思う方に大推薦。



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