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日曜日の小屋で、削げ落ちていく欲

  今日は日曜日だった。いつも忙しく街を駆け回る小屋主のトリニにとっては、プレシャスな一日だったみたいだ。今のぼくには曜日なんてほとんど関係ないけれど、つかの間の小屋暮らしに満たされる心を感じていた。

 昨日、12時まではベッドで過ごすと宣言していたトリニは、言った通りに午前中はほとんど寝ていた。ぼくは紅茶を沸かして、取材テーマであるチリサーモンに関する出版前の本を読んでいた。快眠を楽しむ彼女の邪魔をしないように割と静かにしていたが、「兄妹が来るときは、みんな本当に好きにやるの。音楽もかけるし、音を立てないように歩くこともないから、気にせず過ごして」と、どうやらその必要はなかったらしい。

 いつの間にか、時刻は午後2時を回っていた。遅めのシャワーをそれぞれ浴びて、ジャガイモやカボチャといったチロエ島の野菜でスープを作る。トリニは手早くサラダも作った。好きに切れと言うので乱切りにしたスープ用のニンジンは、彼女にとっては珍しかったらしい。そんな風に切る人初めて見た、と言っていたけれど「いけるわね、この切り方」と気に入ってもらえたようだ。

 街の飯屋で昼飯を食べれば、山盛りのポテトにチキン、スープにパンも付いて、たらふく食べれる。今日の昼飯は、野菜スープにサラダ、以上。それでも不思議と、胃というか体が、あるいは頭か脳が満たされていた。食後にナッツをつまんで、マテを回し飲んだ。

 音楽をかけながら、読書を再開する。「はあー、日曜日」とベッドでリラックスするトリニの声が聞こえる。犬のプルガもまったり。ふと小屋を見渡すと、そこには必要十分なものしかない。「あれ、これだけで良かったんだっけ」と、何だか化かされたような、不思議な穏やかさに小屋は包まれていた。もしこの小屋がもっと大きかったなら、この暖かさは行きわたらないかもしれない、なんてことを考えた。

 夕方、二人で薪を割って、アンテナが立つ丘の上まで散歩。犬のプルガも一緒だ。丘の上からは、霞に溶けるチロエ群島が見下ろせた。そのあと森に分け入ると、トリニは先住民マプチェ族の言葉をすらすらと教えてくえた。2年半前にここへ来た彼女は、本当にチロエ島が好きらしい。

小屋に戻るころ、あたりはすっかり暗かった。夏になれば午後9時でも明るいチロエだけれど、立春を迎えていない一日は、まだ短い。

 トーストしたパンを、温め直したスープに浸して食べる。チョリソーをつまみにビールを1リットルくらい飲んでいた一昨日の夜が嘘のように、可笑しなくらい簡単に満足した。

 「何もすることがない日曜日、気に入っちゃった」とトリニ。全く同意。特別なことは必要なかった。さ、歯も磨いたし、眠ろう。

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