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【怪談】 オシエテの怪

以下は、私が実際に英語の授業で経験したことをデフォルメし、怪談風に書き上げたどうでもいい物語です。よかったらお読みください。


英語の教員をやっていると不思議なことを体験することがある。
よくあるのが、生徒たちが教員には聞こえないものを聞いてしまうということだ。

この日、生徒は教室でいつものようにiPadで英語の音声を聞いていた。担当教師の多田傑は教室を巡視しながら生徒が課題に取り組む様子を観察していた。

文部科学省の「GIGAスクール構想」と呼ばれる教育政策によって、インターネットに接続できるタブレットやノートPCなどの端末が生徒ひとりひとりに配布されるようになった。多田はこれを利用し、授業中に聞かせる英語の音声をクラウド上にアップロードしておき、授業で生徒にその音声へアクセスさせて英文を書き取らせている。

「便利な時代になった」

心の中で笑みを浮かべ、多田はそう考えていた。

長年、生徒に英語の音声をたくさん聞かせてやりたいと試行錯誤しながら教材や課題を考えてきたものの、なかなかうまくいかず、多田は心の奥でやりきれない思いを抱えてきた。

NHKのラジオ講座のテキストを毎月生徒に配布し、自宅で毎日聞くように強く促していたこともあった。この頃の多田は、学校に送られてくる200人分のテキストをクラスごとに分けて生徒に配布するため、雑然と教材が置かれている職員室の片隅でテキストの冊数を数え、クラスごとの山を作って空いているスペースに置く、そんなことを毎月のようにやっていた。

「どうして俺はこんなことをやっているのだろう」

職員室の片隅でひとりテキストを数えていた多田は、長い間しゃがんで疲れてきたふくらはぎを揉みながら、そんなことを考えていた。

入学したての頃は珍しがって番組の放送や録音を聞いているそぶりを見せていた生徒も、放課後のクラブ活動など学校生活に慣れてくると聞かなくなってしまう者がほとんどだった。いつの頃からか、番組を聞いていない生徒たちのために、開かれることのないテキストを毎月ダンボールの山の横でふくらはぎをさすりながら数えている自分に嫌気がさしていた。

そういった意味で、文部科学省のGIGAスクール構想は多田が長年抱えていた鬱蒼とした思いを解決してくれる取り組みといえた。

「これで思う存分に英語を聞かせられる」

多田の思惑は当たっていた。多くの生徒が授業で夢中になって英語を聞いていた。

従来、多田の勤めている学校では、英語の授業で聞き取りをするというと、教員がCDプレーヤーを持ち込んで1、2回英語を聞かせて問題を解かせた後に少し解説をするような授業くらいしか行っていなかった。週1回のアメリカ人の教員による英会話の授業があったが、生徒が英語を十分に聞く機会というのはそんな程度だった。

話し言葉の媒体は音なので、録音でもしない限り記録には残らない。紙媒体などを通して半永久的に記録される書き言葉と大きく異なるのがこの部分である。おぼろげに記憶には残るかもしれないが記録には残らず空気中で消えてしまうもの、それが音である。

「言語の本質は音声である」

そう多田は考えていた。今まで自分が教えた生徒が英語の音声にあまり触れていないことに不満を持っていたこともあり、タブレットを使って生徒ひとりひとりが自分のペースで音声を聞くことのできるようになることは、英語教師多田にとって理想的な教育環境の進化だった。

この日も多田が教える中学1年生は、与えられた聞き取り課題に取り組んでいた。イヤフォンを持参して静かに聞いているもの、iPadのスピーカーから音声を流して聞いているもの、いつも多田の授業は英語の音声でにぎやかだ。そもそも、中学1年生の授業はにぎやかになるもので、課題をやりながらも「全然わからねー」「あ、そうか」など様々な声が飛び交うのが常だった。

しかし、この日はひとりの生徒の「日本語が聞こえてくる」という発言から多田の運命が変わろうとしていた。

「この2番の問題、日本語にしか聞こえません」

多田は課題の音声に日本語など入れていないので、奇妙に思った。どんな日本語に聞こえるのか尋ねてみたところ、どうやら「教えて」と言っているように聞こえるということだった。まもなく、多田とその生徒の会話を耳にした他の生徒達も「ほんとだ!」と声を上げ始めた。教室はちょっとした賑わいに包まれ、多くの生徒が騒ぎ始めた。

「オシエテ… オシエテ…」

ざわつき始めた生徒を収拾させようとしたが、「もう『オシエテ』にしか聞こえないよ!」とますます騒ぎ始めた。

「オシエテ」が潜んでいるとされるその英文には、「教える」を意味するteachも「教育」を意味するeducationも入っていなかった。多田には「オシエテ…」が聞こえてくる理由が見当つかなかった。

「オシエテ… オシエテ…」

多田はだんだんと恐怖を感じるようになった。

「こいつら、俺に聞こえない何かが聞こえている」

いつのまにかそんなふうに考えるようになっていた。

「オシエテ… オシエテ…」

俺は教師だ。こうやっていま目の前で教えているじゃないか。

いや、俺は生徒が求めている授業をしていると思い込んでいただけなのだろうか。

生徒は夢中になっていると思っていたのは俺の思い込みで、実はそうではなかったのかもしれない。

そんな風に思えてきた。

「オシエテ… オシエテ…」

「オシエテ… オシエテ…」

声が頭の中にこだまする。我慢できなくなり多田は「やめてくれ!」と叫び教室を出て行ってしまった。


一週間後、多田は校長室に退職届を出しに行った。理由は「一身上の都合」としたが、その本当の理由は「オシエテ…」の声が頭から離れなくなってしまっていたからだった。

「オシエテの怪」は公の記録には残っていないものの、多田の記憶の奥深くに残り、いつまでも消えることのない恐ろしい体験となった。多田が退職した本当の理由は本人以外は誰も知らない。

教師の自信はちょっとしたことで簡単に揺らいでしまう。多田がそうなってしまったのも、生徒だけに聞こえ自分には全く聞こえない音声があったこと、そして、自分の教える生徒たちが「オシエテ...」と一斉に口に出したという奇妙な体験があって、たまたま運が悪く自身の教育方法への自信を失ってしまっただけのかもしれない。

「先生、英語ってホントに難しいよ。ねぇ、オシエテ…」


ここに多田の生徒達が聞いた音声がある。
興味のある人はぜひ聞いてみてもらいたい。

※もう一度書いておきますが、この物語はフィクションです。

記事を書き続けるのはモチベーションとの戦いです.書きたい内容はたくさんあります.反応を示していただくのが一番の励みになります.よろしくお願いします.