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日本の製造業は終わりかけている

ご安全に。現役機械設計者の竹の子です。
過激で辛辣なタイトルで始まりましたが、今回の記事は日本の製造業が危機に陥っている理由についてお話ししたいと思います。
私は経済学者でもなければ、研究者でもありません。
しかし、10年間設計者として製造業に携わっている人間が、肌で感じている事をお話ししたいと思います。
私自身、製造業に携わっている人間としては、とても辛く、厳しい内容となります。

今回の内容は、私の主観や価値観が多分に含まれています。
あなたの価値観や行動を批判したい内容でありません。
受け止めたくなければ無視をしてください。
また、批判は甘んじて受けますので、コメントで書いてもらえると有難いです。


今後の製造業、延いては働く人達の為になると信じて書いていきます。

・世界最低クラスにやる気のない日本

・日本は『熱意あふれる社員』の割合が6%しかない
・139カ国中132位と最下位クラス

日本は世界最低クラスのやる気のない国です。
この数字は、世界各国の世論調査を行っているアメリカのギャロップ社が、2017年に「仕事への熱意度」を調査した結果です。

結果内容には他にも、

「やる気のない社員」が70%
「周囲に不満をまき散らしている無気力な社員」が24%

と出ています。
2013年に同様に調査した結果は、

「熱意あふれる社員」7%
「やる気のない社員」69%
「周囲に不満をまき散らしている無気力な社員」24%

と出ています。
周囲に不満をまき散らしている無気力な社員とは、積極的にやる気のある社員の足を引っ張る社員となっています。
2013年から2017年の4年間で熱意あふれる社員の割合は1%減っています。
これは、現在の社会人全体数が6,724万人(総務省算出)なので、6,724万人の1%というのは、67万人もの人間が4年間で仕事への熱意を失っているという事です。
単純計算一年間に、167,500人もの人間の熱意が失われる日本は、はっきり言って異常です。
もちろんただの調査結果です。
実際のそれぞれの社内や部署内では状況が違うと思います。
やる気に満ち溢れている会社や部署もあるでしょう。
しかし、製造業に携わっている私の感覚としては、そんなに的外れな調査結果ではないと感じています。
実際に休憩室では会社の愚痴大会、業務中にソリティアをしている社員、部下に苛立ちをぶつけるのが仕事だと勘違いしている上司など、よく目にすると思いませんか。
どうして日本の社会人は、こんなにやる気を失ってしまうんでしょうか。
私は「仕事への熱意」は有限であり譲渡可能なエネルギーだと考えています。
今の日本の会社は無駄な仕事が多すぎると感じます。
無駄な仕事に、有限な熱意はどんどんと消耗されていきます。
消耗された熱意では、新たな挑戦も変化を望むことも出来なくなってしまうのです。
ここでの無駄な仕事とは、収益にも貴重な体験にも繋がらない仕事を指しています。
最近では、働き方改革と題してノー残業を推進する会社が多いと思います。
作業時間が減った分、仕事の密度は増え、会社全体が疲労してはいないでしょうか。
折角持っていた熱意を無駄な仕事に消耗し、余裕を失っているのではないでしょうか。
本来は熱意を消耗していた所に、「頑張ってるね。ありがとう。一緒に頑張ろう。」等と言われて評価されれば、人から熱意を譲渡され、熱意は回復します。
しかし、一生懸命消耗している姿を当たり前と評価する日本では、熱意を回復する手段がありません。
社会は厳しく、消耗するのが普通」と考えている限り、調査結果が好転することはないと思います。


・特化した技術に拘る日本

皆さんはテスラという会社をご存じでしょうか。
起業家のイーロンマスクがCEOをしているアメリカの電気自動車メーカーです。
2020年6月10日このテスラは、株式時価総額でトヨタを超えました
いままでトヨタが世界で最も価値のある自動車企業としてトップを誇っていました。
しかし、世界中の投資家達はトヨタより、テスラの方が価値があると判断したようです。
この株式時価総額は変動するので、一時的なものかも知れません。
私は投資家ではないので、そこの判断は出来ませんが、技術者としての意見は出来ます。
私が技術者として感じたことは、世界中がまた大きく変化し始めている事です。
いままで、日本のガソリンエンジンの技術力は他を圧倒するものでした。
他国が日本メーカーのエンジンを分解分析しても、再現することが困難だと言われてきました。
それほど卓越した技術力を今でも持っています。
それは勤勉で職人気質な日本人が積み上げてきた技術があってこその、素晴らしく誇らしいものです。
しかし、それに世界は合わせてくれない事実があります。
SDGsにも挙げられる様に、クリーンエネルギーへの関心が高まっています。
石油燃料ではなく、よりクリーンな電気エネルギーへの急速な変革が始まっています。
この先の世界では、ガソリンエンジンは贅沢品となり、延いては排斥される可能性が高いと思います。
そうなってしまったら、エンジンの技術は必要とされなくなります。
1907年から100年以上培っていた日本の技術が要らなくなるのです。
必要とされる新たな技術を開発しようとするでしょう。
しかし、前項で挙げた様に、94%の人間がやる気のない日本で、それが本当に可能なのでしょうか。
このような必要とされる技術の変化は、過去にいたるところで起きてきました。
その度に日本の技術者は新たな技術開発を行い、状況に対応してきました。
それが出来たのは、仕事に対する熱意があってこそのものです。
根本の熱意が無ければ、新たな技術開発という茨の道に踏み出しもしなくなるのではないでしょうか。
世界の変化はこれからますます加速するでしょう。
必死になって生み出した新たな技術が、発表する頃にはまた必要とされなくなっているかも知れません。
そんな状況では無駄な仕事を増やし、時間を浪費している会社はついていけなくなる可能性が高いと思います。

また、日本の技術者の多くが、自分の持っている技術にこだわりが強い傾向にあります。
自分自身が数十年磨いてきた技術に自信を持つことは、素晴らしいことです。
そう簡単に出来ることではありません。多くの努力をしてきたことは計り知れます。
しかし、それは同時にその技術に執着をも生んでいます。
技術の後継者に、見て覚えろや何も教えず、まずはやらせるなど、自分と全く同じ道を歩ませようとすることが随所で見られます。
それは、自分の技術は、自分自身が長い年月を努力した結果、獲得した物だと考えているからです。
本来の技術はコツやノウハウなどの要所を押さえれば、獲得には時間を短縮できるはずです。
それにも関わらず自分のした苦労や努力を、同様に実感させたがるというのは、伝える技術は凄いんだぞと、俺はこれだけ大変だったんだぞとアピールしたいからではないでしょうか。
それは技術に対する執着に他なりません。
コツやノウハウを上手に教育していけば、自分の技術の先へ早い段階で到達できるはずです。
先の技術では、他の分野の技術と紐づけ、新たな技術を生み出す可能性があります。
そうやって技術の伝達が成されることが、業界や会社、延いては後継者本人の為に必要だと思います。
ただ現実、技術者はノウハウを公開することは、自分の仕事が奪われると考え、とても嫌悪感を抱きます。
公開したら後継者に仕事を任せ、また新たな技術を学び、新たな仕事が出来るようになるだけなのに。
今ある技術に執着し、その場から一歩も動かずいれば安泰だと、幻想に惑わされている技術者に多く会ってきました。
そういったポジション取りをしてしまうから、後継者が育たず、後継者は取られ続けるポジションを見て、熱意を失っていきます。
そうではなく、ポジションをしっかりと先達が示し、ここを目指すんだよと、ここより先は自分で行くんだよと導いてこそ、人は未来を見て熱意を失わずに、頑張れるんだと思います。


・勤勉さが製造業を滅ぼす

海外で仕事をした時に、現地の人間に日本人の印象を聞いたところ返ってきた言葉が「勤勉だ」です。
海を渡った国にも、日本人の勤勉さが印象づいていることに驚きました。
その時はとても誇らしげな気持ちになったことを覚えています。
私も日本人は勤勉で真面目だと思います。
毎日休まず8時間もの長い時間席について、赤信号では渡らず、喫煙所でタバコを吸う人が多いと感じています。
日々仕事に疲れ、休日は昼頃まで寝てしまう。
それでも、毎日頑張って仕事に行くことは普通じゃないです。
あり得ないほど真面目で勤勉だと思います。
実際、日本人の労働能力は世界で一番です。
PIAACと呼ばれる、文部科学省がまとめた16~65歳以下を対象とした、2012年の国際成人力調査では、「読解力」「数的思考力」「ITを活用した問題解決能力」の調査内容で24カ国中すべての項目で1位と結果が出ています。

日本人の労働能力はとても高いです。
これは日本の教育が優秀であり、また勤勉さという特性からの結果だと思います。
しかし、そんな労働能力が世界一である、日本人の一人当たりのGDPを見てみると、2018年では、世界で26位です。
2000年の一人当たりのGDPは、世界で2位でした。
ここから分かるのは、能力はとても高いが、生産性に繋がっておらず、能力の向ける先が間違っている可能性です。
能力が高く、勤勉な人が製造業を窮地に追いやっていると、気が付いている人は少ないと感じます。
勤勉な人は、変化を恐れます。
変化というのリスクをはらんでいるからです。
仕事においてのリスクとは、失敗や損失を生むことです。もちろん恐れて然るべきです。
しかし、変化とは仕事の効率化や有益を生む可能性も含んでいます。
この博打の様な取り組みに自主的に取り組む選択をするのは難しいと思います。
今の義務教育は間違いをすると、「×」ゼロ点です。
その過程や失敗から得たものは評価対象になりません。
失敗をせず、決まり切った答えを出せた人が評価が高いです。
この教育を一番吸収力のある小学生から、長い人だと19年間受けます。
その間、大人には「一度レールから外れると二度と戻れない」と言われ続けます。
これで失敗を恐れない人が育ったら凄いですよね。
日本では失敗を恐れ、変化を恐れる人が当たり前なんです。
それなのに、社会に出ると決まった答えのない改善活動や、効率化をした人間が評価が高くなります。
教育と社会が乖離しているんです。

効率化の根本にあるのは、面倒くさがりです。
仕事をしていて、こんな面倒くさい作業をもう一度やりたくないという気持ちが、効率化を生みます。
面倒くさがりは、学校では問題児扱いされます。
宿題をやらず、無駄だと判断した授業は他の事をして過ごす。
完全に問題児です。
しかし、社会ではその元問題児達がイノベーションを起こしてきました。
そもそもの話、製造業は面倒くさがりから生まれたものです。
洗濯板で洗濯するのは面倒くさいから、洗濯機が生まれ製造されます。
遠くの人に会いに行って話すのは、面倒くさいから携帯電話が生まれ製造されます。
それなのに、どうして面倒くさがり効率化すると、評価が下がる教育をしているのか。
それは、大人たちの管理が面倒くさいからです。
それぞれ違う価値観で、面倒くさがると評価の基準が保てず管理がとても大変になります。
管理がしやすい様に個性を埋没させ、淡々と勤勉に作業が出来る人間に育てます。
勤勉な人たちは、大人の面倒くさがりの被害者だと思います。
しかし、学校を卒業し、社会に出た時にはもう自分の力で生きていくしかありません。
教育で得た勤勉さと共に、面倒くさがって下さい。
自分が二度と同じ作業をしなくて済むように、そして、自分の後輩が同じ作業をしなくて済むように考えて下さい。
勤勉な面倒くさがりというのは、今の日本の社会では最強の存在だと思います。
勤勉なだけでは、変化が怖くなります。
面倒くさいという視点を持って仕事をすれば、自然と生産性は上がっていくと思います。

・終わりに

以上が日本の製造業が終わりかけている理由となります。
私は、物作りが大好きです。
もちろん仕事としての製造業も大好きです。
人が困っている事を助ける物を作って、感謝の対価としてお金を頂戴する。
スーパーヒーローの様な素晴らしい仕事だと、本気で思っています。
そんな大好きな製造業が近年どんどんと元気を失っている状況は、とても辛く感じています。
なんとか日本の製造業を盛り上げたい。
そんな気持ちで、今回の記事を書かせて頂きました。
とても悲観的な内容もありましたが、私自身の願いも入れてお伝えした次第です。
最初にも書きましたとおり、感想や批判はコメントで書いてもらえると嬉しいです。
様々な考え方、価値観があると思います。
皆さんの意見も聞いてみたいです。よろしくお願いします。
最後までお読みいただき有難う御座いました。

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