見出し画像

子どもから「デザイナーになりたい」と言われた時に返すべき言葉

 僕は今年47歳になる、業界ではベテランと呼ばれる世代のプロダクトデザイナーです。今まで、メーカーやデザイン事務所を渡り歩いて清掃用品・家具・家電・ロボット・液晶テレビなど、様々なデザインを手がけ、縁あって現在は主に漆器や陶磁器など伝統工芸品のデザインを行っています。

 僕は公立の美術大学の工業デザイン専攻出身なのですが、僕が学生だった頃は「デザインを学んでます」と人に話すと、もれなく「ファッションデザイン」と思われていました。デザイナーという職業の認識が狭かったのですね。最初に就職したメーカーでも、デザイナーというよりは企画や設計部署に配属されました。

 さて、タイトル通り、もしあなたのお子様(特に進路を決める年頃の高校生)に「デザイナーになりたい」と言われた時、親御さんならどう言うべきか。かつてのデザイナー志望高校生で現在は1児の父である僕が掛ける言葉は1つです。

「デザイナーになるのはかまわないが、美大・芸大には行かなくて良い」です。

 その真意を説明します。
 僕が高校生だった30年も昔は、デザイナーになるには美大や芸大に行くしか道はありませんでした。美大で演習を繰り返して、「産業向け絵描き」になるのです。重々ご承知でしょうが、絵が描けるだけでは商品は作れません。その商品の原材料は何で、どんな方法で作られどう動いてどう買われ、どう使われてどう捨てられるのかといった、理数系の基礎的専門的な知識を身につけていないと、ちょっと綺麗な絵を描けるというだけの夢みがちな若造なんて、社会からほとんどニーズが無いのです。
 僕は昔の既定路線で美大を出た世代なので、「産業絵描き」として就職してからが大変でした。なにしろ絵しか描けないので、現場では役に立ちません。上司から、プラスチックの素材の違いを、ライターで炙った煙の匂いで判定することから仕込まれ、2D・3D-CADも独学で習得するしかありませんでした(学生時代はドラフターという製図台で手書きでした)。ものづくりにおいて不可欠な安全性や生産コストについても、美大では学べませんでした(今の美大ならもう少しマシになっているのかな?)。

 「デザインしか知らないデザイナー」はモノの理屈がわかっていないので、自分の感性しか主張できるものが無く、「良さ」というものを理論的に説明できないため他人から理解を得られず、底が浅いとみなされるのです。転職の幅も狭くツブしが効かず、若いほど良いとされる業界なので選手生命も短い。

 私は現在、漆器や陶磁器などのデザインをしています。この業界は「50、60歳は鼻垂れ小僧」というくらい選手生命が長いので助かっていますが、伝統的工芸品は長い淘汰の歴史でもあり、理に適っていない格好だけのデザインはまず売れません。一見、勘や経験だけで成り立っているようなイメージですが、漆は有機化学、陶磁器は無機化学の見識が必要で、年下の博士から教えを乞うたり、恥ずかしながら高校の参考書で学び直しをしています。

 現在は、理工系の分野から優れたデザイナーが現れています。デザインという概念が広がって、デザインはデザイナーだけのものではなくなり、デザインセンスのあるエンジニアとか、デザインセンスのある科学者といった「スキルやセンスを形成する要素のひとつ」になっています。

 つまり、これからの時代でデザイナーになるためには、美大や芸大に行くべきと思い込まず、広い視野を持って、理系の基礎的な学問を身につけた方が後々活躍できるデザイナーになれますよ、という事です。

 でも我が身を顧みると、高校生の頃に「デザイナーになりたい」なんて言い出すやつは、たいてい勉強から落ちこぼれた文系が自身の正当化のために苦し紛れに思いつく進路だったりするので、親御さんはなおさら注意が必要です。

 蛇足ですが、お子様から「デザイナーになりたい」と言われて「そういえばあの子、小さい頃からお絵かきが好きだったわね……」などとその気になったお母様、目を覚ましてください。小さい頃なんて、大抵みんなお絵かき好きなものです。子供の頃の絵は大抵個性的だと言われるものです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?