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『周恩来・最後の十年 ある主治医の回想録』

古本で入手した版切本。
内容はタイトルの通り。
主治医がみた周恩来の「政治的」でないエピソードはこの本ならでは。
寝室での「残業中」に寝落ちしてしまったり、周恩来の炒飯に塩が入っていなくて「小さな事件」になった「炒飯騒動」などは、聖人君子扱いされがちな周恩来の人間臭さを感じさせてくれる。

単独で読んでも十分に面白いが、他に二点と併読すると更に深く読める。
その二点とは『周恩来秘録』(以下、『秘録』)と『毛沢東の私生活』(以下、『私生活』)だ。
どちらとも書物としての共通点と相違点がある。

共通点は『秘録』が周恩来晩年の10年間をメインに扱っていること、『私生活』の方は中共共指導部の主治医による回想録という点だ。
相違点は『秘録』『私生活』とも著者が中共を離れているが、本書(以下、『最後十年』)の著者は要人の診察医として中共にとどまっているというところである。

著者の立場から『秘録』『私生活』は中共に対して批判的であり、毛沢東を非難することさえ憚らない。
『秘録』も主人公たる周恩来に対して極力、客観的で批判的なスタンスで書かれている(それでも周恩来のに対しては同情的でもある)。
その点で『最後十年』は中共の暗部はすべて四人組に帰そうというきらいがある。
毛沢東を批判することはなく、周恩来は理想的な人民の宰相として描かれている。

それでは『最後十年』は歴史記録として瞥見の価値がないかといえば答えは当然ノーだ。
「人間・周恩来」のにおいがする、例えば「炒飯騒動」は管見の限り他の評伝では見られない。
陳毅との交流や、医師団に「休んでください」と「造反」されるエピソードなど、読み物としての面白さは十分なのは先述のとおり。
また、原著の出版当時(現在もだが)、一種のタブーでもある「趙紫陽」の名前が一ヶ所だけではあるが出てきているのも興味深い。

歴史記録として『私生活』と並べれば天上天下唯我独尊の国家首席と不撓不屈の総理のプライベートの差異を通じて、彼らのキャラクターや政治的立場が立体的に浮かび上がってくる。
『秘録』と比べれば個々の事項に対する記述のテンションを通して、周恩来という人物の複雑な内面が提示され、現在まで連なる海千山千・魑魅魍魎が跋扈する中国政治の内実が垣間見られる。

歴史の本は一冊読んでわかった気になってはいけない。
一冊読んでは疑問や興味が生まれ、また一冊…
疑問と興味が再生産され続け、あるとき豁然貫通。
閃きのように多くが繋がることがある。
この瞬間が歴史書読みの醍醐味でもある。

※ちなみに『毛沢東の私生活』も現在版切…
『周恩来・最後の十年』と一緒にリバイバルする日が来たら嬉しい。

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『周恩来・最後の十年 ある主治医の回想録』
著者:張佐良(訳:早坂義征)
出版:日本経済新聞社
初版:1999年(版切)

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