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竹美映画評㊲ 年上ゲイの本音:君の名前でボトルを入れて? 『君の名前で僕を呼んで』("Call me by your name"、2017年、アメリカ、ブラジル、フランス、イタリア)

決して進んでは観ないゲイ映画『君の名前で僕を呼んで』を観た!どの世代の人が見てもドキドキするし切なくなる傑作。観る前には、どうせ感動するに決まってんだろ、と軽く思ってた上、最後の方の割とショックなシーンについても知ってたけど、それでもぐさりと来たのは、ティモシーシャラメとアーミーハマーの確かな演技力のなせる技。そして、眼が輝きすぎのマイケルスターンバーグ。女達が秘密から遠ざけられているという意味ではホモソーシャル的で、『JSA』みたいでもあるのかな。まあ、多分全て知ってんだけどさ。

北イタリアの別荘で夏を過ごすパールマン一家。一人息子のエリオは、パールマン氏の研究を手伝うためにやって来たハンサムかつ優秀な学生のオリヴァーに素っ気なくされるも、何か気になって仕方ない。その感情に名前をつけることなく過ごしていたが、ある日…

美しい思い出だけを抱く中年ホモが観て、青春の痛みとかほざいて感動する映画だろぉ?リア充映画だろぉ?と思って敬遠してたんだけど、いい意味で…当たり前よね…裏切られた、中年の苦味映画だった!

うげぇ!!もうそんな若い時に戻りたくねえよ!!

その位、若い時の名前をつけようが無い関係とは、パンドラの箱なのだと思う。でも、いつかどうせ開くエリオのパンドラの箱の蓋を開けてやる者の後悔と責任、開いたことで最後の幸せな夏を得た安堵と幸福と身勝手をオリヴァー役のアーミーハマーが繊細に演じていた。アーミーハマーってハンサムだけど顔の印象が全然残らない人なの。あ、私にとってね。エリオに冷たくしてた時は、余裕ぶっこいた年上が若い子をからかってふふん!って感じで、益々この俳優に興味を失いかけたが、ある日を境に二人の関係が変化した後、急に乙女とも何とも言えない優しい顔に変わったの観て、してやられたわ!!!あんたの本音はそこにあったかと。そして最後の電話。なるほどな。

「自分のしたことを後悔しないで欲しい」って、初体験直後のエリオに話しても、

は?何言ってんの、好きだから、一緒にいたいからここ来たのに?

って呑気なエリオと、その先に起こることも全て分かってるオリヴァーの間に流れる変な空気。ああ…もう悲恋は始まっているのよエリオ…そしてそうなると彼女マルシアへの扱いテキトーになるよね!

私も、皆さん信じられないだろうけど、20年前に一度だけ女性と交際したことがある。しかもゲイの自覚ができた後に。相手もそのこと知ってた。だから結局別れたし、ひどくその人を傷つけたと今でも思う。だから若い時になんて戻りたくないし忘れたいことばかり。

若い時って残酷なことするよね。少し歳をとった経験値のあるオリヴァー兄貴は、そんな若いゲイ候補エリオに、更に残酷なことをしてしまう。オリヴァーが帰国した後に、父から語られる驚きの事実も苦い!全てを十七歳なりに理解したエリオの涙が延々流れるラスト!すごい演技力のシャラ目様!お見事。

後悔の重さを背負うかどうかは本人が決めること。

本作、男が嫌いな人が観たら、男ってズルくて身勝手で弱い癖に、それを女に転嫁するなよ、と言いたくなる映画だと思う。『モンスター』のシャーリーズセロンのやったリーの生き様と比べると、本作と言い、ゲイの映画の男達はすぐ泣くしズルいし、男特権によっかかるよね。逆にリーは何のサポートも無いからカッコよく退場してしまったとも言えるんだけど。どっちも、そう見えるってだけ。

オリヴァーの最後のシーンで告げられる選択についても文句言いたい人が沢山いそうだけど、八十年代、アメリカのユダヤ系エリートに自由なんか無かったでしょう。オリヴァーのその後を予想すると、アンチゲイの議員になった後、二十年後くらいにノンケのフリをかなぐり捨てて謝罪してゲイ告白するタイプと観た。優秀で出世するよ、アレは。でも苦い…

私自身は消したい過去の方が多いから、パールマン氏のセリフ「歳を取ると心がすり減る。後になればなるほど、好きな人にあげられるものが減ってしまう」ってのが刺さる。それでいて、痛みがあっても心を閉ざさないで生きよ、と教えるのは…何とも言えないね。心に痛みや後悔があるからこそ言いたいし、言いながら恥ずかしいし、自分の言うことに責任持つってそういうことなのかな…エリオは本読みまくってませた子供だけど、子供なんだよね。オバジは、ちゃんとマルシア相手にコンドーム使ったか気になったわよ。

自分の過去に一点の曇りもない人が羨ましい。そんな人いるのか知らないけど。

社会のしがらみのせいで皆根本的には自由になれず、その中で馬鹿なことや残酷なことをしてしまう。不自由だし理不尽だ。でも、後輩たちが望むものをより健全な方法で手に入れられるように、上の世代は、自分の失敗と後悔は時々、恐れつつも、外に出した方がいいのかもしれない。若い人がバカなことを繰り返さないように。そして、バカなことをしたら…してても、生きることはできると教えることはできる。目の前で、まともな大人として話をしている限りはね。

そして、「バカなこと」を繰り返さず何かを手にしたとしても、完全なる幸福と正義と自由に至れる訳でもないということも、何となく言っておきたくなる。でも結局、痛い思いをしなければ分からないのだと思う。


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