見出し画像

竹美映画評㉓ 心が枯れてる時に聞く歌「WEEKENDS」(2016年、韓国)

何かあればデモ、決起集会、籠城(テント張って寝泊まりして座り込みをすること)、声を上げることに全く躊躇いがない。1980年代後半の「民主化」宣言以降、韓国はそういう社会になっていった。元からお上や社会を信じていないフシのある韓国庶民は、どっちみち黙ってはいないので、デモの形で不満をガス抜きする必要はあるのだろう。

今回の映画は、韓国の性的少数者人権団体、チングサイ(https://chingusai.net/xe/)の下部団体合唱団、G-voiceの活動に関するドキュメンタリー映画よ。週末ごとに、特に歌を歌って来たわけでもないメンバーも含め、皆で集まり、色々な葛藤もありながら、一緒に歌い続けている様子を捉えている。

ゲイあるあるの話がオリジナルの歌詞で歌われるのはユーモラスよ。彼らが韓国のゲイ「モテ」マーケットのどの辺にいるかまで分かるよ。日本でもそうだけど、アマチュアで合唱をやるゲイは、少し垢抜けないし、もっさりしてるが、地に足はついている感じがする。モテ市場では、上層部の方々とは隔絶されている。そのランクのゲイ達に関する歌詞があからさまでとても分かりやすい。

彼らの活動は、民主化のための民衆運動の一環として位置づけられているし、彼ら自身もその自覚を持っている。映画の中では、自動車の非正規雇用者の集会に行って歌で彼らを励ます。すると、その非正規労働者団体のメンバーもまた、反ホモフォビア集会に来てくれて、お返しに彼らと一緒に歌を歌う。イギリス映画「パレードへようこそ」で描かれたような連帯がそこにあるように見える。

ホモフォビアという意味では、初めて韓国で「私はゲイですよ」と伝えたのは2000年だったと思うけど、当時はその意味を理解されず、「それで、ガールフレンドはいるの?」と返して来るような状態だった。でも、私が住んでいた2005年頃は、都会では、まー、ゲイとか色々いてもいいんじゃない?という方向に社会が動くように思われたの。たった数年ですごく雰囲気が変わった。しかしながら、むしろ最近になって、ソウルのプライドパレードが反対者達に妨害されるようになって来た。そのアンチデモの様子も映画に映る。なかなかつらい。

でもね、この団体さんの本領が発揮されるのは、思慮深い歌を歌うときね。この団体が東京で2019年4月に開催された「ハンド・イン・ハンド」というアジア太平洋地域のLGBT合唱団が集まるコンサートで歌った「忘れない」(下記動画2曲目・3:00頃からの演奏・日本語字幕あり)は、実際に聴いていたんだけど、号泣したわ…

「忘れられないのに、生きていたらいつの間にか思い出せなくなってしまったよ…」という内容。映画の中でも「World, I forgive your sins」という中々重たい歌があるんだけど、これも号泣。何かね、もう涙とかあんまりでなくなってきてるんだけど、この団体さんは、差別のこととか、社会の不正とか、そういう内容の歌よりも、思いもよらない内容の歌で刺してくるから要注意よ。

どうして、うまくもないのに(上手いと思うんだけどね私は)歌を歌うんだろうか、どうしてこんな活動を続けているんだろうか…という悩みも織り交ぜながら、韓国の社会運動の精神がゲイコミュニティの中で受け継がれていることがわかる。もちろん、こういう社会的な活動に全くタッチしないゲイも大勢いるのだと思う。日本では「余計なことをするな」「問題を社会のせいにするな」という意見も非常によく目にするようになったんだけど、韓国ではどうなんだろうね。私の予想では「個人の努力でどうにかできるだろう」という問題もあるにせよ、お上や大企業への不信が蔓延している韓国では、きっと違った風に出てくるのだろうし、日本のゲイ合唱団たち(私もかつて所属していた)の中に、このような社会的使命感は感じない。日本では、活動の中で積み上げられた個人的経験や、その総和であるコミュニティへの帰属意識の方が個々のメンバーにとって重要なように思われる。それは日本社会の安定と自由と「豊かさ」の結果ではないかと思うし、私たちが大事にすべきことだね、

韓国の状況が「うらやましい」と感じる人もいるかもね。「ここに私の居場所がある」と思っちゃって。私だって、映画観ながら「あのまんま韓国に住み着いていれば、ここでアツく歌を歌えただろうし、何なら今からでも韓国行けるかな」とまで思った。でも、公共サービスの不備が多く、社会全体の底上げが十分になされるより前に新自由主義社会に移行した韓国においては、こうした運動が無ければ本当に殺伐としてしまうのかもしれない。「民衆の歴史」を引き受けてしまった韓国の社会運動は、これからも庶民に寄り添い、不正に声を上げ続けるだろう。それは、疲れてどうしようもなくなる現代のグローバル社会の片隅を少しだけ暖めるモノガタリになっていくのだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?