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竹美映画評⑲ あの人に会いたい 「喰らう家」("We are still here"、2015年、アメリカ)

ホラー映画の機能として、非現実的な欲望について考えを巡らせるという効果がある。我々人間って「絶対叶わない」ことを思い描いている時間の方が長いのではないかしら…ホラー映画は願いのうち、暗い方面の欲望の代理満足として機能している。

さて今回は、ホラーが繰り返し描いてきたテーマ「死んだ人に会えないだろうか?」という願望についてのお話。古典的ホラー小説「猿の手」や「フランケンシュタイン」、キングの「ペット・セメタリ―」、ドラマで言えば「ゴースト・ウォーズ」等の作品が示唆するように、英米ホラーでは禁断の欲求として現れてくる。禁断であるがゆえに、もちろん、神の意志に逆らうような願いを持った者は罰せられるのであろう。

本作、「喰らう家」は、邦題がひどいが非常に真摯に描かれている。息子を亡くした夫婦が田舎に家を買い、引っ越してくるが、その家の地下には何者かの気配が漂っており、不気味に二人に忍び寄ってくる。そして、一見フレンドリーな街の住人達が怪しい動きを見せる…というお話。

最近、勉強が必要だという思いに駆られてイギリスゴシック小説の研究本を読みはじめた。今読んでいるのは、東雅夫 と 下楠昌哉編による論文集『幻想と怪奇の英文学』。取り上げられているほとんどの作品を読んでいないが、私がホラー映画の中で考えたいことって、イギリス文学研究の中でも真面目に取り上げられるテーマだったのかと驚き嬉しくなった。イギリス文学の一つの流行、ゴシック小説やそれ的なモチーフは、怪異の闇の雰囲気の中で人間の欲望や醜さ、尊厳が浮かび上がる。取り分けて、怪異や超自然的な描写や設定を使うことが、ヴィクトリア時代という階級の区別やマナーなど、抑圧の強い時代に、その苦しさから一瞬離れてみせ、個人が自由を手にする方法の一つだったみたい。スペイン映画「アザーズ」は、まさにヴィクトリア時代的な抑圧、お屋敷、幽霊の気配、怪異、降霊術、などゴシック小説風味満載の作品と言えるわね。しかも、監督がパヨク間違いなしのゲイ、アレハンドロ・アメナバル姐さんよ。間違いねえ。

自由奔放な状態に長らく置かれていた日本の庶民層とは異質な世界よね。もしかしたら、現代まで続く、「ディストピア映画」の質的な違いも、ゴシック小説の流行と影響にあるのかもね。

さて、その意味では、本作の夫婦には抑圧があったかどうかにはフォーカスは置かれていない。ひたすら、人を喪った悲しみのみである。死んだ息子が家の中にいると確信している妻には、バーバラ・クランプトンが扮している。この母の弱り切った表情よ…変な帽子被ってて痛々しかった。古い屋敷で、降霊術で息子の霊を呼んでみる、なんてのもゴシック的よね。

家の地下に棲みつく者達の造形は、確かに独創性には欠けるかもしれないが、煉獄で苦しむ魂を表現したのかも。彼らの存在を利用する人たちの欲望が浮かび上がる所は、上記の本によれば、ホッグという作家の作品の中でもそういう感覚あるらしいんだけど(金津和美「分身」)、

人間の欲望の方がずっと怖い!

最後の最後、あのシーンが無ければ本作はそこまでぶっ刺さらなかったであろう。まあ色々あって、結局二人が家に残される。We are still hereと夫が言う。そこへ、二人を呼ぶ息子の声が聞こえる。そして…二人は手に手を取って地下室に降りていくの…

最初見た時はピンと来なかったが、2回目見て分かった。残酷な映画だなとも思うし、それ故に特別な作品になった。

大事な人を喪うと、どうしても一目会いたいという超自然的欲望は、人を狂わせてしまう。何でもいいからそうしたいんだよね。人の弱みと欲望を炙り出してみせ、動揺する人々を嘲笑うのが悪魔である。

音楽もいい。真夜中にたった一人目覚めたときの寂しさと、闇に飲まれるのもいいものかもしれない、とふと思わせるような静謐で真っ暗の音楽。夢の中で死に別れた人と話してから、あれ、生きてたんだ!と喜んだその瞬間、目覚める。そうだ、もう死んでたんだ…私ももう生きていく気力が無いよ、会いたいよ…そうか、もう生きてなくてもいいんだ…そしたら会えるんだ…

そんなことを真夜中には考える。でも朝が来ればそんな馬鹿げたことを考えたことさえ忘れ、人には決して言わない。それでよいのよ。ホラー映画が教えてくれるわ。結局生きていくことは、それに耐えることなのよって。日本の怪談やホラーで、この「死者の呼び戻し」欲に罪と罰がセットになってるようなお話としては、カシュウタツミ『混成種 HYBRID』の辺りにはありそうなんだけど、それも何らかの形でゴシック小説から流れ込んだものではないかなという気が。日本では罪と罰の意識がどうも説得的でない。イギリス的ゴシックホラーの影響は、世界に広がっている。インドやスペインのホラー映画にも顕著。これからどんな世界が見えてくるか、楽しみ。


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