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苦言こそが未来への扉?

2022年が3分の2終わり、インド映画界の興行収入年間ランキングの上位が南インド映画によって占められ、アーミル・カーンの期待作『Laal Singh Chaddha』が失敗した中で、ボリウッドの凋落が囁かれている(テルグ映画『Pushpa』や泣く子も喜ぶ『RRR』、カンナダ映画『KGF2』に完全に負けた)。

その中でも厳しい苦言を呈しているのは、『カシミールファイル』がヒットしたヴィヴェク・アグニホトリ監督。『カシミールファイル』は、実際に起きたヒンドゥー教徒虐殺事件を扱った作品で、評価も高く、今年、全体的に興行が今一つのボリウッド映画の中ではヒット作品に入る。

本作、明らかに面白い作品でしょう。インドの宗教的緊張感のことを考えなければ。本作は作品として高く評価されており、是非英語字幕で観たいと思っている。特に、今のインドのマジョリティの雰囲気を感じられればと期待している。

ボリウッドに対する愛憎半ばの反応は、2020年のある若手人気俳優の死の際に噴出した。

「縁故主義」を批判され、訴状まで出されてしまった人の名前には、この記事によると、カラン・ジョハル(私は彼の本を読んだばかり!)、サンジャイ・リーラ・バーンサリ(私も好きな監督)が含まれる。

恐らくそちら側には属していないアグニホトリ監督は、そこでやり玉に挙がった「かつての」ドル箱スターたちの苦境について、メディアが今一番話を聞きたい「アンチボリウッド」のご意見番なのだろう。

まずはランヴィールシン新作への苦言。彼は、もちろん最近ヌードで雑誌に出たランヴィールシンのことも非難していたが、ランヴィールのいまいちパッとせずに消えたコメディ映画についても皮肉を言っている。同作は、女児堕胎の問題を扱っている内容だったはずだが、作中ランヴィールは25人の女と踊っているではないかと言っている。つまり主題からズレているという批評である。

(ところでランヴィールシンのインタビューを途中まで読んでみたが、彼が何を伝えたいのかはよく分からない。映画の中で役を演じている方が人と繋がれる人なのではないかと思う)

続いては、最近いいことのないアーミル・カーンへの追い打ち。

『ダンガル』をアーミル・カーンの役作りに関連して支持しているが、作品のテーマが観客に上手く伝わっていたことをほめているのだと思う。

こんなことも。何か今アグニホトリ祭りなのかしら!

カラン・ジョハルもむろんやり玉に上がっているし、いかにも「ボリウッド」の総力を結集したような最新作の『Brahmastra』についてもかみつく。

ボリウッドだけではなく、キラキラしているくせに汚い世界だと、皆が憧れながら同時に蔑むのが世界中の芸能界である。公的な積極的バックアップ体制…演技学校や製作支援など…が無ければ自前でやるしかなく、自前でやる以上はお金が必要で…裏ではえげつないことが起きているに違いない、ほらやっぱり!という話題には事欠かない。

ずっと批判の声が出ているボリウッドにおける身内びいき(二世俳優・映画関係者の多さ)についても、他者のために発する言葉より自分の感想が先に迸り出て来るインド人にとっては、言いたいことが1000位ありそうだ。

アグニホトリ監督の言葉は、インドマジョリティの動き方を教えているように思う。アーミル・カーンのように、インドに内在する固有の問題を取り上げて「皆の問題」として考えましょう、と言うよりは、インドの中の亀裂を指し示して非難し、国家としていかにまとまるかと訴える方が明らかに訴求効果が高いのである。

マジョリティのある種の鷹揚さや寛容さは、自分たちの気楽さが盤石なとき…つまり他者が無意識に話題を選んで接しているときに最もよく発揮される。最も善良な人々が、特に悪気もなく、ひどく偏狭な意見を表明する。日本でも見たことがあるし、私もまたそうなのだろう。マジョリティ性ゼロの人間なんてほとんど存在し得ないからね。だからこそ、我々が当たり前だと思って、いちいち考えるエネルギーを割かないようにしている領域(マジョリティー性)に触れる価値観を問い直すときは慎重にやらなければならないのだろうね。感情的には納得し難くても、そういう気がする。

そして、皮肉にもイギリスの分割統治がインドの国家運営には有効であるということをインド国民は実証してみせているということでもあろう。アーミル・カーン映画の哲学は、リベラルな立場を堅持したい私みたいなガイジンにとっては耳に心地よい。が、しかし、それが当地でどう受け止められているかについて想像をめぐらし、自分の信条や価値観を一時的に引っ込めてでも、批判的な意見に目耳を閉ざさないことが、異文化理解というものではなかろうか。

ところで、ケント・ギルバートさんや呉善花さん、アメリカのディネシュ・デスーザさん等の発言からは、ある国へ移民するということの壮絶さを思わせる。私もだんだん彼らのようになっていくのかな。

さて、9月7日の朝のツイッターでは、さっそく『Brahmastra』のボイコットをしようというハッシュタグがトップ入りしていた。24個ものツイートで語られる内容を読む気がしないが、ここに、『ボリウッド』というものに対するやっかみと反発があるのは間違いない。

ネットの反応は別として、チケット予約は順調な模様。

監督も新たなガソリンを得て好調だ。

メディアの取り上げ方がどうかはちょっと置いておいて、こんなに饒舌に率直に文句をつけてくれるのこそが、インド文化の面白さじゃないかと時々思う。言わなくてもいいことからまず始める。

おまけだが、『マニカルニカ ジャーンシーの女王』主演も素晴らしかったカンガナーラーナーウトは、カランジョハルの番組に出て、私に仕事をくれないようにしてる人がいる、それはあなたよ!と本人に面と向かって言っちゃった人だ。

私は彼女はボリウッドのはすみとしこさんだと思っているのだが、皆が聞きたいような内心思ってるようなことを巫女のように次々に繰り出してくれる。

この人のこの激しいところ、そしてここまでやっても仕事が切れない彼女、何か嫌いじゃないんだよなー。そのうち私も、主張なさる内容の是非を別にして、はすみとしこさんを面白いなと思うようになるのかな。

9月11日追記

アグニホトリ監督は、こういうことは言ってくれる。カンナダ語におけるインド人監督っていう言い方をしたと。この方は確かナクサライトと呼ばれる左翼過激派の浸透に関する本も書いて映画も作ったはず。一冊やっと英語のヤングアダルト向け小説を読み終わったから…本、読むか…

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