親の目線 ~「ゲゲゲの女房」大杉漣さん演じる源兵衛の話~
ドラマ「ゲゲゲの女房」をNHKオンデマンドで観ている。
本放送当時に観ていたので2度目なのだが、布美枝の父、源兵衛を演じる大杉漣さんがとにかく魅力的なのだ。
飯田源兵衛というキャラクターは、昭和期の父権的な父親像として作られている。家庭の中で当然1番偉くて決めたことは絶対。気に食わないとキレるので、みんな恐れていて逆らえない。子供の話を聞かずに進路を決めてしまう。見合いも仕事も。
僕の感覚だと、こんな親いたらたまったもんじゃない。正直見ていてムカムカするシーンも結構ある。それでもこの源兵衛というキャラクターが愛らしく見えるのは、もちろん脚本や演出自体そうなるように仕向けているのだけど、それ以上に大杉漣さんが演じているからに他ならない。
源兵衛は自分の覇権を示したいのではなく、子供たちに不自由させたくない、苦労をさせたくない、その道筋は自分がこしらえてあげなければいけないと考えすぎるキャラクターなのだ。自分は家族のために一生懸命考えて行動しているのに、それが理解されないと不愉快になる。まあ、自分が考えていることを理解されないと嫌なのは誰しもが同じなので共感出来る。だけど源兵衛が分かっていなかったのは、子供たちは親が知りうる家族の構成員という枠の外側にも世界を持っていくし、それこそが成長であるということ。その事は源兵衛が知りうるはずもないのは、親という役割自体が子供が生まれてからしか拝命できないもので、誰しもが素人であることの査証なのだ。
大杉漣さんはそのキャラクターをどう捉えていたのか。
彼の演技には「口では強く言い切るが、その内面では常に逡巡している」というものが感じられる。それをどこで表現しているかというと、僕は「目」だと思う。確信を持っているように演じながら、目は不安そうに映る。子供の成長というものに戸惑うけど、強い親という像を手放せない男の逡巡。
僕が良いなと思ったシーンがある。布美枝が子供を連れて初めての里帰りをした際に、弟の貴司と妹のいずみの騒動に巻き込まれる。貴司は親に紹介していない恋人がいるのに源兵衛が見合いをセッティングしようとするが、初めて反抗する。いずみは東京の就職口を探していることがバレて、やはり反抗する。源兵衛は当然キレる。しかし布美枝と娘の藍子と触れ合う中で、引っ込み思案だった布美枝が親になったという事を垣間見て、子供は親の外側で成長し一人の人格になっていく事を悟る。まあその前後で色々あるんだけど、源兵衛は貴司に「一度、相手に合わせてくれ」と伝えるに至る。
僕は大杉漣さんのキャラの解釈が見事だと思った。親は親としては常に未熟で子供の成長とともにやはり変わっていくものなのだ、という事を伝えてくれる。僕には子供がいないが、そんな僕でも親の心に共感し感動できた。
そんな大杉漣さんは2018年に突然亡くなってしまった。大杉さんと長年バンド活動を共にしていた堀尾和孝さんと僕は知り合いで、行きつけのお店でも大杉さんは何度かライブを行っていた。いつか堀尾さんの繋がりで大杉漣さんにも会える日が来るだろうと思っていた。一度堀尾さんからお誘いをうけたライブがあって、スケジュールが合わずに断ったのだが、そこに大杉さんが参加されたということでとても残念に思った記憶がある。少し頑張れば行けたのだけど、その一歩が出なかったことを今でも後悔している。
ゲゲゲの女房の主演は松下奈緒と向井理だけど、ドラマの前半部で表現したかった事の大きな部分を担っていたのは大杉漣さんで、僕はある意味では主役だと思う。源兵衛の心境が変化した後の優しい瞳は、まさに鬼太郎を見守るために蘇った「目玉の親父」のそれのように見えた。
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