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人を頼れる大人って良い

大人になればなるほど、人に頼らなくなっていくんだと思っていたけど案外そんなこともないのかもしれない。

昔に比べて脱力感が強くなった。自分一人の力だと、生きていくにはあまりにも搭載されている気力が足りない。そういう自認から、人の力を支えにしながら生きている意識が強くなった。年のせいなのか病気せいなのか分からないけど。

このnoteにも何度か書いたけど、私は友人や家族に本当に支えられている。恋人や血縁関係のない身内(配偶者)がいないので、社会的ステータスとしては独身ではあるんだけど、「独り」というには随分と人の支えで生きすぎている。


その意識が強くなったからなのか、以前は一切なかった結婚願望が芽生えるようになった。
前に誰かが言っていた、結婚・出産は最も手っ取り早く生きる理由になってくれる、という言葉、少し乱暴だけど今ならよく分かる。
30代になって、自分のためだけに生きる限界が来た。

体力もなくなるし、活力もなくなるし、20代のうちに若さをもってして出来うるやりたいことを悔いなくやったなと満足もしている。特段出世したいとかビッグなドリームもないので、もう独りで自分のためだけの人生を何十年も続けるほどの理由があんまりない。


希死念慮はないけど、生き続ける理由はないなぁと思う。
これってうつ思考?
の割にはそんなに気持ちの湿度は高くない。


唯一生きている理由とすれば、私を支えてくれている人のため。
そう思うと、生きるためにもっと人の力を借りようという気持ちになる。

脱力感満載で生きているからこそ、生きる理由をどんどん他人に委ねてしまっているのかもしれない。
依存という言葉とはまたちょっと違うので、うまい言語化ができなかったんだけど、ガッキーが結構私の気持ちを言い当ててくれているインタビューを読んで腹落ちした。

昔は、“この人とこんな話をした”ということを、何年経ってもよく覚えていたんです。でも、30歳を過ぎてしばらくした頃からか、覚えていないことが増えてきて…。年齢も関係あるかもしれないけれど、前よりは構えず、力を抜いて、人と接することができるようになったような気がしています。

anan NEWS 2024.6.4 新垣結衣インタビューより


他人への興味というか、人からどう見られているかみたいなのに縛られなくなって(これが年を取ることかという切なさも少々)、人に頼りつつも人を自分に植え付けないようにする。
ちょっと矛盾するようなこの状態が「人とどんな話をしたか覚えてない」にすごく近い。

人を頼ったり甘えたりできるようになったけど、だからといって人に全力を注がなくてもよくなった。


まぁかと言って、お気楽に生きれる訳でもないし結局人間関係とか職場の人の雰囲気とかにやられてたりするので言うほどかっこよくもないのだけど。


大人だからって弱みを隠さなくていいと気付けて救われた。人を頼れる大人っていいなぁ、ガッキーみたいだもんなぁ。

ガッキーがかわいいので全文もぜひ。
ガッキーかわいい。

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